2016年10月26日
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2016年10月26日
スティングといえば、初期のパンク/ニュー・ウェイヴ的なグループ、ポリスでの活躍が、いまもいちばん人気があるのかもしれない。
しかし長年にわたる彼の活動は多岐にわたっており、21世紀に入ってからは、イギリスの古楽の歌のアルバムを発表したこともある。
アルバム『ナッシング・ライク・ザ・サン』はポリスの活動に一区切りをつけ、ソロに転じた時期の名作で、1987年に発表された。
その前の、彼の最初のソロ・アルバム『ブルー・タートルの夢』はウィントン・マルサリスらが参加してジャズ/フュージョン的な音楽に舵を切ったアルバムだった。『ナッシング・ライク・ザ・サン』で彼はその人脈を受け継ぎつつ、さらに多様な音楽の要素をミックスしている。
彼はポリス加入前にはジャズを演奏していた人だ。ポリスもレゲエの影響を強く受けていた。つまり、もともとロック的な枠にとどまらない音楽に興味を持っていた人なので、ソロになってからの音楽の変化やこのアルバムの多様性も、自然な発展形だった。
多様でありながらアルバムが散漫にならなかったのは、ひとつには、高音部が印象的な彼の歌声のおかげ、もうひとつにはソングライター/プロデューサーとしてのポップな感覚のおかげだろう。
このアルバムの英文評にはよくワールド・ミュージック的という形容が出てくる。たしかに彼自身も、アムネスティ・インターナショナル・ツアーに参加して、南米で体験したことの影響が大きかったとライナー・ノーツで書いている。
たとえばチリの独裁政権下で弾圧された人たちとその家族を思って作られた「孤独なダンス」には、アンデスの笛ケーナに似せたキーボードも使われている。しかしそれはイメージを付け加える程度で、音楽の軸足はポップなロックの文脈にとどまっている。
ポリス時代には確執が伝えられたアンディ・サマーズが参加して、独特のひんやりとした音色のギターを弾く「ザ・ラザラス・ハート」は、ポリスの曲だったとしてもおかしくないだろう。「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」は、ジャズ的な間奏部分を持つ極上にポップなレゲエ・ナンバーで、シングルでもヒットした。「ウィル・ビー・トゥゲザー」は強力なファンク・ロック・ナンバーに仕上がっている。ドラムのサウンド処理がいまとなっては80年代的な懐かしさを誘う曲でもある。
「フラジャイル」は「孤独なダンス」や「歴史はくり返す」と共に、社会的な関心が強く反映された作品で、このアルバムをいい意味でひきしめている。3曲もそういう作品を入れたのは、それだけアムネスティ・インターナショナルのツアーの衝撃が大きかったということだろう。
ジミ・ヘンドリックスの「リトル・ウィング」は、クロード・ソーンヒルやマイルス・デイヴィスの編曲家としてジャズ史に残るギル・エヴァンスとの共演。ジミはスティングの少年時代からのアイドル。ギルは原曲のよさを生かした美しい編曲を行なっている。
実によくできたアルバムだと思う。ただしけっして派手にポップなアルバムではない。だからオリコンのアルバム・チャートを制したのがいまとなっては驚きだ。それだけ洋楽に力のあった時代の証でもあるということか。