2018年01月11日

1976年1月11日、ドゥービー・ブラザーズが初来日公演

執筆者:増渕英紀

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ドゥービー・ブラザーズの初来日公演が実現したのは1976年1月のこと。来日が期せずしてドゥービー自体が丁度過度期を迎えていた時期に当たり、改めて今振り返って見ると、いろいろな意味で忘れられない印象深いコンサートだったように思う。


バンドは『スタンピード』(1975) のリリースの後、不測の事態に見舞われる。ドゥービーの実質的なリーダーであり、フロントマンであったトム・ジョンストンが胃腸障害を患って倒れてしまったのだ。とは言え、まだ始まったばかりのツアーを全てキャンセルするわけにはいかない。急遽トムの代わりになるシンガー、キーボーディストとしてジェフ・バクスターの紹介で、マイケル・マクドナルドを迎え入れ、たった2日間のリハーサルを行なった後、再びツアーへと旅立ったのである。


そんなこともあっての初来日公演は、75年後半にレコーディングが終了した『ドゥービー・ストリート』のレコーディング・メンバーということになった。はっきり記憶に残っているのはオープニングがアカペラ・コーラスで始まった「Jesus Is Just Alright」だったことだろうか。そして一番印象に残ったのがパット・シモンズのハンパない奮闘ぶりだった。トムが抜けた穴を埋めるべく、トムのパートを補う形でリード・ヴォーカルにギターにと、それこそ獅子奮迅の活躍ぶり。丁度、デュアン亡き後のディッキー・ベッツが一人で二人分のパートをこなしている姿とどこかダブるものがあったのを覚えている。


ジェフ・バクスターは一見派手なアクションを見せるが、カチっとした正確なプレイを披露、流石はトップ・セッション・ギタリストだと思わせる腕前を見せつけた。


一方、新加入のマイケル・マクドナルドは洗練されたキーボード・ワークでリズム・リフを刻む。ヴォーカルも含めてモータウン系のシティ・ソウルというルーツが至るところで顔を覗かせる。が、ドゥービーはと言えば、どちらかと言えば南部系のソウルやカントリーがベーシックにある。ドゥービーらしいのは、歯切れの良いリズム・ギター・サウンドであり、それに絡むようなブルージーなギター・ソロ、更にはメリハリの効いたツイン・ドラムスが炸裂するスタイルなのだが、実は来日ライヴで一番ホッとしたのは「Black Water」を聴いた時だった。ミシシッピやディキシー・ランドという地名が登場する歌詞は勿論だが、オールドなカントリーにアパラチアン風ブルーグラス・フィドルを挿入したアレンジに加え、ヴォーカル・パートがアカペラというのが素晴らしいこの曲。ライヴでもそこはかとない南部の土の香りが漂い、南部の情景が目に浮かぶようだった。まるでカントリーとゴスペルがない交ぜになったような世界が思いっきり和ませてくれたものだ。


ライヴが終わって初めてのドゥービー体験に満足したものの、ドゥービーの南部的な持ち味と、マイケルが持ち込んだ都会的なブルー・アイド・ソウル的なもの。この異質な要素を、“果たしてこれからどう噛み合って折り合いをつけていくんだろう?”そんな思いを胸に帰途についた記憶がある。恐らくこのライヴに集った多くのドゥービー・ファンも同じ思いだったのではなかったろうか。



写真提供:増渕英紀


≪著者略歴≫

増渕英紀(ますぶち・ひでき):音楽評論家、コラムニスト。東京都出身。メジャーには目もくれず、ひたすら日本では過少評価されているマイナーな存在の海外アーティストや民族音楽、日本のアンダーグラウンド・シーンやインディー系のアーティストにスポットを当てて来た。

スタンピード Original recording remastered, SACD ザ・ドゥービー・ブラザーズ

ドゥービー・ストリート Original recording remastered, SACD ザ・ドゥービー・ブラザーズ

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