2018年01月12日

1月12日はムッシュかまやつの誕生日。常に日本のポップス・シーンの先端を歩んできた孤高でエッジィな音楽人生!

執筆者:本城和治

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昨年3月1日に78歳で逝去した氏の円満な人柄とその音楽界に残した数々の足跡を偲んで5月2日に都内のホテルで催されたお別れ会には、各放送局、レコード各社、出版会社から広告代理店、各芸能プロダクションのお歴々から歌手、俳優、プロデューサー、評論家、ライター、DJ、各界アーティストそして若手ロック・ミュージシャンに至るまで一千人以上がムッシュとの別れを惜しんで参集した。司会をした盟友のマチャアキがジョークで場を盛り上げ、久しぶりにムッシュを除く全員が揃った元スパイダースのメンバーによって彼の残した数々の名曲が演奏されるたびに、何故ムッシュだけがここにいないんだ! という淋しさが無性に込み上げ、ステージ中央にマイクが1本置かれ、「どうにかなるさ」のムッシュの歌声が流れてきたときには涙をこらえることが出来なかった。


私のレコード・ディレクター人生の最初のレコードとなった邦楽アーティストのレコーディングがザ・スパイダース、かまやつひろし作曲の「ノー・ノー・ボーイ」だった。録音は1965年の12月初めでスタジオは麻布十番のアオイ・スタジオである。当時ムッシュ26歳、小生25歳。それ以来ムッシュの作る曲をザ・スパイダースは勿論、森山良子、テンプターズ等様々なアーティストで80曲程レコーディングして来た(ザ・タイガース、沢田研二、和田アキ子、CCB、レイジー、安西マリア等にも彼は作品提供した)。多分作家としてもムッシュの曲を一番多く扱ったことになる。今までにディレクターとして3,000曲以上のレコーディングをしてきたが、いまだに一番愛着がある名曲がこの「ノー・ノー・ボーイ」だ。


フィリップス・レーベルで発表されたスパイダースのシングル盤はオリジナル作品が17枚だが、そのうちムッシュかまやつ作曲のA面曲が11曲、B面曲が10曲を占めている。ハマクラさんの名曲「夕陽が泣いている」の大ヒット以降、ムッシュの曲も「なんとなくなんとなく」「いつまでもどこまでも」「バン!バン!バン!」「あの時君は若かった」「真珠の涙」と大ヒット曲が続々と生まれたが、21曲中にはロックンロール(R&R)・ナンバーが実に8曲もあった。名曲「なればいい」など主にカプリング曲として発表されているケースが多いがEP盤の「フリフリ‘66」や主演映画で演奏された「メラ・メラ」などを含めれば10曲、アルバム曲も3曲あり、いずれも印象的なリフを効果的に使った魅力的なナンバー揃いで、正しく彼とザ・スパイダースが日本のロックのパイオニアであることを証明している。洒落たポップ・ナンバーも勿論魅力だが、ギター・リフ作りの名人ムッシュはR&Rの名曲をたくさん残した。真に日本のチャック・ベリーと称したいくらいだ。


‘70年に「どうにかなるさ」でソロに転向後も「のんびりいくさ」「ブレイン・フード・ママ」などのロック・ナンバーを発表していたが、逆にブルース、フォーク・ロック、叙情歌など様々なスタイルに挑戦、筒美京平や吉田拓郎など他の作曲家に自分の歌を書いて貰うことが多くなり、ヴォーカリストとしての可能性を模索した。吉田拓郎とのコラボでフォークに身を売ったと思われた向きもあろうが、「我が良き友よ」はフィリップス時代の阿久悠=筒美京平コンビによる名作シングル「青春挽歌」の延長線上にある曲なのだ。しかし生涯最大のヒットとなった「我が良き友よ」のカップリングに自作の野心作「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を据えるなど抜群のバランス感覚で常に時代とのスタンスを取りながら亡くなるまで第一線で音楽そのものを楽しんできたムッシュのアーティストとしての生き方は他に例を見ない。しかもあの世代のミュージシャンにしては若い無名の後輩たちにもとても優しいので誰からも慕われた。そして、いつもあの笑顔で幅広い交友関係を築きながら音楽業界を冷静に見つめてきたのである。


ザ・スパイダース参加以前のソロ歌手時代の苦労からクールに時代の趨勢を読み、ビートルズの音楽に接して逸早くザ・スパイダースを時代の先端をゆくビート・グループに変貌させた鋭い感性と行動力でGS時代をリード、更にロック&フォーク、フュージョンの70年代、シティ・ポップの80年代、アシッド・ジャズや渋谷系の90年代そしてルーツ回帰の2000年代へと常に現役アーティストとして時代の先端の空気を吸収しつつ、自ら創作した洗練された一連のポップ・スタンダード名曲も一生大事にしており、常にコードへの拘りを持ちつつ何度も再録音を果たしている。「ノー・ノ-・ボーイ」「サマー・ガール」「あの時君は若かった」「二十歳の頃」「ゴロワーズ…」等々。ムッシュの曲は決して古くならないのだ。 因みに私が特に好きなムッシュならではのスパイダース・サウンド・ベスト3は「サマー・ガール」「夢のDC8」「黒ゆりの詩」、真に日本のブライアン・ウィルソンである。



一方では自分を生涯B級ギタリストのロック・ミュージシャンと割り切り、最近は山岸竜之介(60歳年下)のような自分の孫ほどの若いミュージシャン等とバンドを結成し、ライブ活動を楽しんでいたムッシュ。


まだまだロッカーとしての未練はあったに違いないが、今は天国でハンク・ウィリアムスやジョン・レノンをはじめ、ジミヘン、ブライアン・ジョーンズ、フレディ・マーキュリーなど綺羅星の如くにいるスーパー・アーティスト達と楽しくセッションしているに違いない。

お別れ会の模様資料提供:中村俊夫

ザ・スパイダース「ノー・ノー・ボーイ」「サマー・ガール」写真撮影協力:中村俊夫

ザ・スパイダース「フリフリ‘66」「黒ゆりの詩」かまやつひろし「我が良き友よ」写真撮影協力:鈴木啓之


≪著者略歴≫

本城和治(ほんじょう・まさはる):元フィリップス・レコードプロデューサー。GS最盛期にスパイダース、テンプターズをディレクターとしてレコード制作する一方、フランス・ギャルやウォーカー・ブラザースなどフィリップス/マーキュリーの60'sポップスを日本に根付かせた人物でもある。さらに66年の「バラが咲いた」を始め「また逢う日まで」「メリージェーン」「別れのサンバ」などのヒット曲を立て続けに送り込んだ。

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