2019年08月23日

オオタさんのウクレレ~本日、8月23日は「ウクレレの日」

執筆者:沢野ひとし

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今日、8月23日はウクレレの日である。なんでも1879年のこの日でポルトガル人がハワイに到着した日だからだそうである。ウクレレはポルトガルの弦楽器が原型とされている。


ハーブ・オオタのウクレレを私がはじめて聴いたのは80年代初めの頃である。ウクレレはハワイアン音楽に無くてはならない楽器であるが、ソロで何曲も聴かせるものではないと思っていた。


しかし、愛称OHTA-SANのLPを聴いた時、その甘い音色と軽快なコードワークに魅了された。


オオタさんにより、日本に再びウクレレ・ブームが訪れ、ギターショップは挙ってウクレレコーナーの棚を備えた。それまで私はウクレレはコードだけは弾くことができたが、ソロ演奏はできなかった。ここはオオタさんに憧れ、大奮発して15万円ほどの「オオタモデル」のウクレレを20年前にお茶の水の楽器屋で購入した。


その頃、代官山の事務所を共同で借りていた石川次郎からある日、「ウクレレのオオタさんから夕飯を誘われているから、一緒に行かない」と言われた。「エエッ、なんで知っているの?」と驚愕してその真相を聞き出した。


ポパイやブルータスの編集長をしていた3~40代に石川次郎はホノルルに行くたびに、あるバーでいつも和んでいた。それはハイアット・リージェンシーホテルにあるコロニ・ステーキハウスの隣のバーである。


そこにオオタさんがいつも一人でニコニコとウクレレを弾いていた。石川次郎は「Song For Anna」の曲に心から打たれ、バーに行くたびにその曲をリクエストしていた。やがて、石川次郎が顔を出すと覚えてくれていて、あの名曲を演奏した。


月日が経ち、オオタさんが来日する時に石川次郎は食事会に呼ばれるようになった。


オオタさんに会ったのは赤坂のしっとりとした店構えの焼き鳥屋であった。たしか秋の頃で、オオタさんは若いマネージャーとあの笑顔で私たちを迎えてくれた。


早速、ウクレレの裏かケースにでもサインを書いて欲しいと、マジックペンを取り出すと、「このウクレレは本当に私のモデルかなあ」と笑って、チューニングをして、テキパキと2曲ほど演奏をしてくれた。周りにいた客は卓越した演奏に静まり返ってしまった。そして一斉に拍手があった。


オオタさんはボディにサインをすると楽器が痛むからと、ケースに手慣れた文字を書いた。


オオタさんの演奏には絶えずハワイの風を感じる。のびのびとして人を包み込む音色がある。そして一見弾けそうで弾けないウクレレの奥の深い技術を秘めている。


最近はハーブ・オオタ・ジュニアが大活躍しているが、父と似ていて最大限にウクレレのよさを引き起こし、混じりつけなしの純粋なウクレレの音を楽しめる。


ハワイアン音楽から始まったウクレレは、オオタさんに因って、ジャズ、カントリー、ラテン、ポップス、ロック、日本の曲と膨大に広がり、我々を未知の世界に案内してくれる。


私ももう一度奮発してオオタモデルのウクレレを弾きこなさなくてはいけない。ウクレレは壁に飾るものではないのだから。


≪著者略歴≫

沢野ひとし(さわの ひとし):イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。還暦後より中国語を学び続け、もはやライフワークでもある中国での放浪を綴った最新刊『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)が好評発売中。

Bach: Ukulele Bachハーブオオタ 2000/6/9

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