2017年01月25日

桑名正博率いるファニー・カンパニー。その1stアルバムには2曲の歌詞が違う別バージョンが存在する

執筆者:横井康和

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1973年1月25日、僕が桑名正博と出会って再結成したファニー・カンパニーの1stアルバム『ファニー・カンパニー』は、この日に発売された。桑名も僕も作詞作曲両方を担当していたが、対外的には僕が作詞担当、桑名が作曲担当というイメージだったこともあり、レコードへ挿入された歌詞カードは僕の手書きである。


まだコンピュータが普及していなかった当時、僕は六本木のワーナー・パイオニアのオフィスで缶詰になり、ガリ版でしこしこと歌詞カードの原稿を書いた。そして1月25日、1stアルバムが発売になったのはいいが、ワーナー・パイオニア社内ではアルバム10曲中2曲の歌詞が問題となり、自主規制ということになった。つまり、2曲の歌詞を書き直せと言うのだ。


まずB面4曲目(CDだと9曲目)の「彼女は待っている」という曲で、出だしの彼と彼女は「二人で一つ」というラインがセックスを連想させるという。次にB面5曲目(CDだと10曲目)の「ある女」は道徳的に問題がある・・・・・・その歌詞というのは、こそ泥と娼婦が愛し合っていたという内容である。


これらの歌詞を書き直せと言われた時点で、自主規制の理由に説得力があれば素直に書き直しただろう。しかし、僕とか桑名はこれらの歌詞がそれほど問題だとは思えず、したがってレコード会社に従うことへかなりの抵抗を覚えた。そこで桑名と相談し、僕は僕らなりの「ロック精神(スピリット)」を発揮することにした。早い話が反抗精神だ。


まず、「彼女は待っている」の1行目は「二人で一つ」の部分を「二人で十五」に書き換えた。この「十五」が何を意味するか、おわかりだろうか? じつは男と女の穴の数の合計なのだ。説明がないとわからないと思うが、そもそもこの曲は歌詞の微妙なニュアンスよりノリが重要で、聴くほうも「二人で十五」の意味にはこだわらないと判断したのである。


もう1曲の「ある女」、こちらはこそ泥と娼婦が愛し合う内容が道徳的でないという理由だから、歌詞全体を書き直すしかない。僕は新たな詞を書くにあたって、更にヘビーな内容を、あまり直接的ではない表現でまとめてみることにした。その結果、仕上がったのが妊娠したジャンキーの歌だ。内容的にはこそ泥と娼婦の愛よりよほど反社会的だ。しかし、「彼女は待っている」ともども新しい歌詞はレコード会社からOKが出た。


そこで歌入れである。「彼女は待っている」を歌っている桑名は1行目だけ録り直せば終わりだが、「ある女」を歌っている栄孝志は最初から最後まで録り直す必要があった。また、僕は僕で再びワーナー・パイオニアのオフィスで缶詰になり、ガリ版でしこしこと変更部分の歌詞原稿を書いた。初回プレス分のビニール盤を除いた1stアルバムは、すべてこの新バージョンである。


こうしてファニー・カンパニーの1stアルバムが2バージョンあることは、あんがい知られていない。


≪著者略歴≫

横井康和(よこい・やすかず):1951年2月28日、京都生まれ。同志社大学在学中に桑名正博と出会い、「ファニー・カンパニー」再結成、1976年にロサンゼルスへ移住するまで、東京を中心とした音楽活動を続ける。ロサンゼルスでは演奏および作詞作曲に加え、プロデュースなど幅広い音楽活動をくりひろげるかたわら執筆活動も開始。これまでに8冊のフィクションを出版。2000年にはハリウッド映画プロデューサー、マックス桐島との共著であるノンフィクション第1作『ハリウッドで成功する方法』を朝日新聞社より出版。

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