2017年10月13日
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2017年10月13日
NHKの『ステージ101』で注目され、ソフト・ロックからテレビドラマ音楽、純音楽と多彩に活動の場を広げた音楽家・樋口康雄。10月13日はピコこと樋口康雄の誕生日である。
樋口康雄は1952年10月13日、東京品川区に生まれる。実父はソニー創業メンバーの1人で副社長までつとめた樋口晃。
幼少期から音楽に親しみ、3歳からピアノをはじめた。両親は特に音楽家にしようという意図はなかったそうだが、絶対音感の備わっていた康雄は、一度聞いた音楽をすぐに再現できるという、天賦の才が備わっていた。すでに小学校時代から作曲をはじめ、麻布中学在学中に慶応や立教のジャズ研究会に参加する早熟な音楽家であった。
その麻布中時代、学校の近くにあったMRA(道徳再武装運動)でバンドのピアノを弾くエキストラを経験したことで、NHKのディレクター・末盛憲彦に見出される。ちなみにMRAとは日本語にするといかついネーミングだが、もとはキリスト教に端を発した非政府の国際ネットワークの総称で、文化交流を名目とした運動であり、日本ではその一環としてフォーク音楽の活動があり、マイク眞木を世に送り出したほか、ニュー・フォークスやシング・アウトといった大人数のコーラス・グループもいた。この中のシング・アウトが、末盛がチーフ・ディレクターをつとめるNHKの音楽番組『ステージ101』のレギュラーで、最初、樋口康雄はシング・アウトのメンバーとして世に出ることになる。愛称の「ピコ」はこの時期に名づけられたものだ。
同番組の音楽監督をつとめていた、中村八大に音楽番組のつくり方を学んだ樋口は、その後同番組の音楽スタッフとなり、作曲家としての活動をはじめる。
71年には日本人として初めて米国MCAとポピュラー音楽のアレンジャーとして専属契約を交わす。MCAからは『刑事コロンボ』の音楽を打診されたという話もあるくらいだが、外国での活動は控え、『レッツゴーヤング』をはじめとする音楽番組の仕事、他に舞台や映画音楽、CM音楽など多種多様な方面で活躍がはじまる。何よりクラシックのスコアが書ける若手作曲家は、彼の世代ではほとんどいなかったのだ。ちなみに映画ではATGの傑作『赤い鳥逃げた?』(73年)や田中登監督による日活ロマンポルノのこちらも傑作『(秘)色情めす市場』(74年)など。テレビドラマではNHK少年ドラマシリーズ「つぶやき岩の秘密」(73年)や「幕末未来人」(77年)などNHKが多く、そのいっぽうで1972年には石川セリのファースト・アルバム『パセリと野の花』で「八月の濡れた砂」以外の全曲の作編曲を手がけている。石川セリは樋口と同じくシング・アウトのメンバーとして『ステージ101』に出演していた仲であった。
ソフト・ロック感全開のグルーヴィー・チューン「小さな日曜日」や和ボッサの秀作「野の花は野の花」など、樋口の非凡なソング・ライティングと、普通に洋楽として通用するハイセンスなアレンジワーク、そして石川セリのスモーキーなヴォーカルが溶け合った、日本ポップス史に残る傑作アルバムとなった。そして同年9月25日には樋口自身もソロ・アルバム『abc PICO first』を発表している。収録された全13曲はもちろん樋口の作・編曲で、作詞は石川セリに加え伊藤アキラ、岡田富美子、山川啓介らが参加。のちに大名曲として90年代のクラブ・シーンで熱く盛り上がった「I LOVE YOU」をはじめ、全編ストリングス・アレンジまで手がけた、文句なしの傑作盤である。リリース時で樋口はまだ20歳、作曲していたのは10代の頃であり、恐るべき10代の姿がここにある。
樋口は70年代中期から、弦楽四重奏などの純音楽作品を書き溜めていたが、79年には管弦楽作品『オリエンテーション』を発表。同時期にニューヨーク・フィルハーモニア室内管弦楽団との出会いから新曲を発表。この公演を聴きにきていた手塚治虫が彼の作品を気に入り、アニメーション映画『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』の音楽を依頼。新作『鉄腕アトム』の音楽もほぼ決定していたがこれが流れてしまったことで、翌年の『ブレーメン4』で手塚は再び樋口と組む。その後、『小公女セーラ』『機動新世紀ガンダムX』など、アニメ音楽を手がけていくようになる。
岩崎宏美や由紀さおり、上田知華+KARYOBINなど、ポップス系の仕事も継続して活動しているが、ソングライター&アレンジャー樋口康雄の巨大な才能の一例として、リバティ・ベルズが74年に発表したシングル「幸せがほしい/やさしい関係」を挙げたい。リバティ・ベルズはのちにRCAで大貫妙子や竹内まりや、EPOなどのディレクターとなり、ミディレコードを立ち上げた宮田茂樹が在籍していた男女5人組のコーラス・グループで、一時期は南沙織のレコーディング・コーラスもつとめていた。イントロから現れるバロック調のコーラス、斬新なハーモニーの美しさ、ことにB面「やさしい関係」のアコギとエレピの絡み合いにコーラス・ワークが被さる完成度の高いサウンド・メイクは、蠱惑的なまでに抗いがたい美しさがある。ポップスとしては早過ぎた天才であった樋口康雄だが、その高い音楽性は今も多くの人々の心を捉えて離さない。
≪著者略歴≫
馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。
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