2017年11月24日

本日はフレディ・マーキュリーの命日。彼が今も生きていたら? 

執筆者:藤野ともね

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フレディ・マーキュリーが今も生きていたら?


ローリング・ストーンズみたいにクイーンで世界中をツアーしながら、あの圧倒的なパフォーマンスで皆を魅了しているだろうか。ソロになって、ジャンルを超えたコラボレーションを次々と発表しているかもしれない。もしくはスッパリと引退してグレタ・ガルボみたいに隠遁生活を送っているところを、目ざとく見つけたファンがその姿を撮りツイートして話題を集めているかも。


けれども、そんな夢想の答えは永遠の謎になってしまった。 


その日は突然訪れた。


1991年11月23日の夜に代理人によってフレディがHIVに感染していることが公表され、そのニュースは全世界を駆け巡った。そして、その翌日24日の夕方にはHIV感染合併症である肺炎のため、息を引き取ってしまうのである。享年45歳。早すぎる死であった。

思い起こせば、フレディにはずっと驚かされてきた。


クイーンが『旋律の王女』(1973年7月)でデビューしたとき、私を含め、当時ブリティッシュ・ロックを熱心に聴いていたロック少女たちはこぞってクイーンに夢中になった。アルバムの裏ジャケに写っていたメンバーたちは、まるで少女マンガから抜け出してきたような繊細さと華やかさを持ち、それまでの男くさいバンドとは一線を画していた。彼らは、まさにロックの貴公子だったのである。


だが、その中でもフレディだけは、そのエキゾチックな風貌が他のメンバーとは明らかに違う資質を感じさせた。


彼は1946年9月5日、当時英国領だったアフリカのザンジバルで生まれている。本名はファルーク・バルサラ。両親はササン朝ペルシャがイスラム勢力に侵攻されたとき、ゾロアスター教からイスラム教に改宗させられるのを拒んでペルシャを離れて、放浪の末に8世紀にインドにたどり着いたパールシーというペルシャ人だ。インドにおける英国の勢力拡大に伴い、パールシーには富裕な商人や財閥が多い。


フレディは8歳のときにパールシーが多く住むボンベイに移住し、英国式寄宿学校へ入学する。そこで幼い頃から習っていたクラシック・ピアノの才能を開花させ、学友の喝采を浴びることもあった。合唱団にも入団したが、彼が夢中になったのはロックン・ロールやオペラ、ミュージカルだった。


その後、家族とともに英国へ移り住んだフレディは音楽だけでなく、美術への関心も深まりロンドンのアートカレッジでグラフィック・デザインを学ぶ。


卒業後はヒップな洋服屋が集まるロンドンのケンジントン・マーケットで古着を売っていたりもしたが、いくつかのバンドを経て1970年にブライアン・メイとロジャー・テイラーが在籍していたスマイルに加入、フレディの命名によりクイーンとして生まれ変わってから怒涛の快進撃が始まるのである。


初期にはプログレ、ハードロック、ブリティッシュ・ポップなど英国ロックの伝統を継承するサウンドだった彼らが、もはやロックの枠を超えた名曲「ボヘミアン・ラプソディ」で衝撃を与えたのは1975年。1977年にはそれまでにないシンプルでポップな「ウィ・ウィル・ロック・ユー」をヒットさせ、アメリカでのブレイクのきっかけを作った。「愛という名の欲望」「地獄へ道づれ」をリリースする1980年になると、音楽性の変化と合わせるようにフレディは短髪に髭、胸毛を生やした上半身裸を露出するという、明確なゲイ・スタイルになっていく。 


時代はまさにMTV全盛期であり、華やかなLAメタルやお洒落な英国ニューウェイヴバンドが人気を集めるなか、フレディはロックバンドのヴォーカリストというイメージから逸脱してなお、その存在感を増していくのである。


フレディは、いつだって〝まれびと〟だったのだ。裕福ではあったものの、少年時代に植民地で体験した他のアングロ・サクソン系の生徒とは違う自分のルックスに対する違和感が彼を夢想的な性癖へと狩り立てて行ったのは、想像にかたくない。自分は他の人とは違うという自覚が強烈な自意識を形成し、元来持っていたあり余る音楽の才能を花開かせたといっても間違いないだろう。世界中の人たちがどれだけフレディを愛しても、彼は常に孤独な魂を抱えていた。だからこそ、音楽に全身全霊を込めたのだ。


1985年7月13日に行われたライヴエイドにおける、他のビッグアーティストを凌駕した圧倒的なパフォーマンス、死を目前にして制作されたクイーンの実質ラスト・アルバム『イニュエンドウ』(1991 年2月)での力強くエモーショナルな歌。それらはもう、人を超えた境地に達している。


神に選ばれし彼の歌を聴いた人は、誰しもが魅了され熱狂する。


そんな抗い違い魅力を持つ不世出のシンガー、フレディ・マーキュリーの今を見ることができないのは、無念というほかない。


≪著者略歴≫

藤野ともね(ふじの・ともね):大学時代に音楽ライターを始め、フリーランスとして『宝島』『キューティ』『VOW』(以上、宝島社)、日本初LGBTマガジン『yes』(NMNL)などの編集に関わる。父の介護ブログをまとめた『カイゴッチ 38の心得』(シンコー・ミュージック)が発売中。

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