2019年06月12日

1989年6月12日PRINCESS PRINCESS「Diamonds(ダイアモンド)」がオリコン1位を獲得

執筆者:長谷川誠

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30年前の1989年6月12日はPRINCESS PRINCESSの「Diamonds(ダイアモンド)」がオリコン・チャートの1位を獲得した日である。この曲がリリースされたのは1989年4月21日。初登場から7週目で1位を記録して、67週に渡ってチャートに入るロングヒットとなり、1989年度の年間ランキングでも1位となった。バブル景気のピークの時期、昭和から平成へと元号が変わった平成1年の大ヒット曲であり、アナログレコードからCDの移行期だったこともあり、CDのみのリリースでの史上初のミリオンセラーを記録した。社会全体としても、音楽シーンとしても、時代の転換期を象徴するシングルだったのだ。ちなみに、B面は失恋ソングの定番中の定番の「M」。この曲も「Diamonds(ダイアモンド)」同様、時代を越えて愛されている名曲であり、数多くのアーティストがカバーしている。89年発表のB面曲でありながら、現時点で配信でもダウンロード数が75万を越えている。カップリング曲もここまで強力というのは稀有だ。


この年の7月には1987年にEPとして発売されたPRINCESS PRINCESSのシングル「世界でいちばん熱い夏」がCDで再発されて大ヒットを記録し、オリコン年間ランキングの2位となっている。年間ランキングの1位と2位を獲得したことからもPRINCESS PRINCESSの音楽がいかに多くの人たちから支持されていたかがわかる。メンバーは奥居香(現在の名前は岸谷香。ボーカル、ギター)、中山加奈子(ギター、コーラス)、渡辺敦子(ベース、コーラス)、今野登茂子(キーボード、コーラス)、富田京子(ドラム、コーラス)の5人。彼女たちは楽器ごとのオーディションで選抜されて、結成。1984年にデビュー(当初は赤坂小町というバンド名だった)、80年代後半から90年代前半にかけて、圧倒的な支持を集めて、96年に解散した。そのバンドのヒストリーは鮮烈だった。彼女たち以前にも女性編成のバンドはあったが、ガールズバンドやガールポップという言葉を一般的なものにしたのは彼女たちだった。「Diamonds(ダイアモンド)」はPRINCESS PRINCESSというバンドの輝きそのものを体現していたと言えそうだ。


“ダイアモンドは永遠の輝き”という宝石の有名なキャッチコピーがあるが、この曲も時代を超えて、今もなお愛されていて、懐かしのヒット曲という括りでは語れない底知れないパワーを持っている。時代とともに成長し続けていく歌。そんな言い方が「Diamonds(ダイアモンド)」にはふさわしいと思うのだ。解散から16年の歳月を経て、2011年に起こった東日本大震災を受けて、2012年、復興支援のために期間限定で再結成して、活動を再開したのだが、その時に大きな役割を果たしたのがこの「Diamonds(ダイアモンド)」だった。2012年12月23、24日に東京ドームで行われた『PRINCESS PRINCESS TOUR 2012 ~再会~ "The Last Princess"』でもアンコールのラストで「Diamonds(ダイアモンド)」が演奏されて、2日間トータルで9万人のシンガロングとなった。筆者はその現場で取材していたのだが、女性のときめきの瞬間を歌った歌が“日常の中のささやかな場面の数々こそが宝物である”というメッセージの歌として、大きく育っていることを実感したことを記憶している。時代が流れ、ミュージシャンもリスナーが成長していくのと同じように、歌そのものも深まったり、広がったりして、歌が見せてくれる光景が移り変わっていくことがある。それは地面に撒かれた植物の種から芽が出て、大きく成長して、花を咲かせ、やがて実を実らせるのに少し似ている。


そもそも、この曲はどのようにして生まれたのか。この曲の種となったのはささいな出来事だった。作曲は奥居、作詞は中山である。再結成のタイミングで、「Diamonds(ダイアモンド)」誕生のエピソードが公式Facebookで紹介されている。20代前半だった頃の奥居が元旦に、当時付き合っていたボーイフレンドの家に遊びに行ったところ、彼の両親がお年玉をくれたのだ。すっかり幸せな気持ちになって、帰り道にモータウンのリズムに乗せて口ずさんでいたら、このメロディーが出てきたのだという。家に帰ってから、MTRでリズムを打ち込み、ギターとベースを弾いて作ったのが、「Diamonds(ダイアモンド)」の原型だった。仮タイトルもそのものズバリの「お年玉」。このメロディーに中山が等身大の女性を主人公とした歌詞を付けた。感情表現や情景描写だけでなく、感覚的な気持ち良さをみずみずしいタッチで描いた歌詞も見事だ。5人のメンバー全員がプレイヤーとしてだけでなく、ソングライターとしても優れた才能を持っていて、そのメンバー同士の化学変化がこの名曲を生んだのだろう。


明るくて、楽しくて、ハッピーで、爽快なポップソングなのだが、メロディーの奥底にかすかにせつなさが滲んでいるところにもこの曲の魅力がある。歌詞の一節にも、“何も知らなかった子どもの頃に戻りたい時もある”といったニュアンスの描写がある。悲しいこと、つらいことがあるからこそ、日々のきらめきのかけがえのなさが際立っていく。明るい光の世界を描きながらも、影という前提が内包されているのだ。この歌が彼女たちの復興支援の音楽活動の中で、さらなる輝きを獲得していったのは、そうした間口の広さと奥深さを備えていたからだろう。なお、カップリング曲の「M」も復興支援のライブで特別な曲として多くの人々から支持された。こちらはドラムの富田が失恋の痛手から書いた歌詞に、奥居が曲を付けて完成されたものだった。大切な存在を失った時の痛み、いとしさ、せつなさは何も失恋というシチュエーションだけに限ったものではない。悲しみが深すぎて、陽気な音楽を受け付けないという人の胸の中にも、すっと染みこんでいくさりげなさと寄り添っていく優しさをこの曲は持っている。


「Diamonds(ダイアモンド)」も「M」もきわめてパーソナルな体験が元となって生まれた曲だ。だが、パーソナルな出来事を深く掘り下げて、根底にある感情を純度の高い状態で音楽として表現していくと、普遍性が備わっていく。しかもPRINCESS PRINCESSの場合は、同年代の女性5人が共有して作品化することで、さらなるポピュラリティーを得ていく。名曲が時代を超えて、愛されていくのは、人間の根源的な喜びや悲しみがメロディーや歌詞の中に封じ込められているからだろう。“永遠の輝き”とは宝石のみならず、音楽にもふさわしい言葉であることを、「Diamonds(ダイアモンド)」という曲が鮮やかに示している。

PRINCESS PRINCESS「世界でいちばん熱い夏」「Diamonds(ダイアモンド)」写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト

ソニーミュージック プリンセス プリンセス公式サイトはこちら>


≪著者略歴≫

長谷川誠(はせがわ・まこと):1957年北海道・札幌生まれ。小学生の頃に壁新聞に夢中になり、文章を書く人間になりたいと思ったのがこの世界に進むきっかけ。出版社勤務を経て、フリーランスのライター、音楽評論家に。吉川晃司、奥田民生、TRICERATOPSなどのアーティスト関連書籍の構成を多数担当。著書『WITH THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』(ぴあ)、『 PRINCESS PRINCESS DIAMONDS』( シンコーミュージック)など。

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