2015年09月03日

ジョニー大倉と昭和ジャズ・ソングの大御所を繋ぐ時代を超えた歴史的歌唱法とは?

執筆者:中村俊夫

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今日9月3日は昨年11月19日に亡くなったジョニー大倉の63回目の誕生日。以前、『大人のMusic Walker』掲載の筆者担当コラムで、日本ロック史におけるキャロルの功績として、それまでロックとは無縁だった中高生の女の子やヤンキー族までをもオーディエンスとして引き寄せ日本のロック・マーケットの裾野を拡げたと書いたが、もうひとつ忘れてはならない功績がある。70年代初頭のはっぴいえんどの登場などを機に巻き起こった「ロックは英語で歌うべきか?日本語で歌うべきか?」という今となっては不毛としか思えない論争を、その言葉の持つリズムを重視した英語まじりの日本語詞でいとも簡単に幕引きさせてしまったことである。キャロルのノリの良い歌詞を前に「ロックは日本語か英語か」なんて論争は一瞬にして無意味なものとなってしまったのだ。そして、そんなキャロルの歌詞の創作者であり、70年代初期に革新的な<日本語ロック>の言葉を紡ぐ担い手として、はっぴいえんどの松本隆や四人囃子の専属作詞家的存在だった末松康生と共に、重要なキーパーソンのひとりとなったのがジョニー大倉(作詞者としてのクレジットは大倉洋一)なのである。


キャロルのオリジナル楽曲は、矢沢永吉が生み出すメロディーにジョニーが言葉を付けていくという所謂<曲先>の手法で創られるものが多かった。キャロル解散直前の75年4月5日にリリースされたアルバム『GOOD-BYE CAROL』を聴いてもらえばわかるが、デビュー曲「ルイジアンナ」をはじめ「ヘイ・タクシー」「恋の救急車」「やりきれない気持」など初期作品には当初英語詞が付けられていた。それに難色を示したレコード会社の意向で日本語詞に変更することになったわけだが、その際にジョニーは英語本来の言葉の響きやリズムを重視して日本語に置き換えていった。筆者が生前の彼にインタビューした時も「僕は言葉が音符になるんです。サウンドとして聴いて合わなければ、違う言葉に置き換えちゃう。日本語がメロディーにぶつかることのない滑らかな歌詞作りに留意しました」と語っている。

 

さらに彼は、自作の日本語詞が元の英語詞のリズムを失うことのないようにヴォーカルの矢沢に対し歌い方と発音まで微細にわたり指示。日本語詞にローマ字でルビを振って歌わせたと、著書『キャロル 夜明け前』(2003年)の中で明かしている。例えば「思い出す 彼女の姿…」(「やりきれない気持」より)という歌詞に「Ou moi Dance Kano jiyou no Sugata…」とルビを振って英語的なニュアンスを伝えていったらしい。これが、のちに<矢沢節>と呼ばれるエーちゃんの独特の歌唱法が生まれるきっかけとなったというわけだが、実はこの日本語詞にローマ字でルビを振って英語っぽく歌うという手法をキャロル登場の約40年前に発案・実践していた先駆者がいる。大御所ディック・ミネだ。


昭和初期からジャズ・シンガー、スチール・ギター奏者としてダンスホール等で活躍していたディック・ミネ(本名・三根徳一)は、1934(昭和9)年に創立間もないテイチク(帝国蓄音器株式会社)からデビュー。彼の2作目のレコードで初ヒットとなった「ダイナ」は、エセル・ウォーターズの歌によって1927年に全米ヒットとなった作品のカヴァーだが、ディック自身が日本語詞と編曲を手がけており、それまで外国曲を英語で歌っていた彼が不慣れな日本語で歌っても原曲の良さを崩さぬように日本語の当てはめ方に神経を注ぐと共に、歌い方にもひと工夫をと考案したのが前述の手法だったのである。

 

「ダイナ」の大ヒットでディック・ミネは、海外のヒット曲(当時、洋楽ポピュラー・ミュージックは全て<ジャズ>と呼ばれた)を日本語詞でカヴァーする所謂「ジャズ・ソング」のスーパースターとして、戦前・戦中の日本のポピュラー音楽シーンに君臨していく。機会があったら、彼がこの時期に残したジャズ・ソング作品の数々をぜひ聴いて欲しい。特に傑作中の傑作「スウィングしなけりゃ意味ないね」(1935年)など、その巻き舌唱法の斬新さとスピード感あふれる歌いっぷりに驚かされるはずだ。当時こんな歌い方をした歌手は彼以外いなかった。まさにワン・アンド・オンリーの存在だったのである。


考えてみれば、舶来文化である洋楽ポピュラー・ミュージックをいかに原曲のノリを損なわず日本語で歌うかという創意工夫から生まれた日本語詞にローマ字でルビを振って英語っぽく歌う手法。時代は変われども同じ舶来文化であるロックンロールを日本語で違和感なく歌うことに腐心していたジョニー大倉が、偶然とはいえ同じ方法を思い付いたのは歴史的必然だったのかもしれない。そして、時代を超えてディック・ミネとキャロルを繋いだこの<秘策>によって確立された歌唱法は、それ以降に登場する桑田佳佑から氷室京介、hyde、福山雅治に至る巻き舌系ヴォーカリストたちの系譜に脈々と受け継がれているのである。御本人たちがレコーディングの現場で歌詞にローマ字でルビを振っているかどうかは別として…。

写真提供 芽瑠璃堂

http://www.clinck.co.jp/merurido

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