2017年04月19日

1971年4月19日、ヘドバとダビデ「ナオミの夢」がオリコンの1位を獲得

執筆者:東ひさゆき

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イスラエルはまだ若い国である。建国されたのが1948年。アーティストで例えるならば、イスラム教に改宗し、もとはキャット・スティーヴンスと名乗っていたシンガー・ソングライターのユスフ・イスラムやアリス・クーパー、ジェームス・テイラー、スティーヴ・ウィンウッド(スペンサー・デイヴィス・グループ)、スティーヴィー・ニックス(フリートウッド・マック)、ロバート・プラント(レッド・ツェッペリン)、オジー・オズボーン(ブラック・サバス)らと同じ年である。


必ずしも国が若いためではないが、アメリカ、イギリスを中心とする世界のポップス界で活躍しているイスラエル人はあまりいなくて、ワールド・ミュージックのカテゴリーでグラミー賞にノミネートされたことのある故オフラ・ハザ(00年に死去)がおそらく最も有名なアーティストかもしれない。また、イスラエル生まれも含めるならば、キッスの中心人物のジーン・シモンズや故ジェイク・フッカー、デヴィッド・ブロザらがいる。ただし、邦・洋を問わず、日本の音楽ファンにイスラエル出身のアーティストを尋ねると、ヘドバとダビデと答える人が案外と多いのではないか、と思ってみたりする。


ヘドバとダビデは、女性のヘドバ・アムラニとフランス生まれの男性のダビデ・タルから成るデュエット・チームである。同じイスラエルのエッサーとアビ・オファリムのような夫婦デュオではないが、軍隊時代に知り合い、65年にプロ・デビュー。日本では67年に「哀愁のイエルサレム」で初めて紹介されるが、何と言っても70年に開催された第1回東京国際歌謡音楽祭に「ナオミの夢」を引っさげて出場して見事、グランプリに輝く。そのため急きょ、西崎みどりの名曲「旅愁」などで知られる片桐和子の訳詞による日本語ヴァージョンが録音され、それをA面に、本来のヘブライ語ヴァージョンをB面にしたシングルを発表したところ、71年4月19日にオリジナル・コンフィデンス誌(オリコン)の総合チャートで第1位を獲得。当時、オリコンのチャートが始まってまだ3年余りの時期ながら、第1位を記録した5組目の洋楽アーティストになっている。


この「ナオミの夢」、もともとは本国イスラエルでコーヒーのTVコマーシャル用に作られた作品だとか。それが遠く離れた日本で思わぬ評価を得たわけで、ほんとポップス界は何がヒットするかわからない。作品自体は別れた恋人に戻ってきてほしいと歌う失恋の歌だが、中東の雰囲気と欧米のポップスが結び付いた、エキゾティックな香りがする1曲である。日本ではBe-2のカヴァーでも知られているが、やはりこのヘドバとダビデの印象が強烈だ。


余計なことだが、タイトルにあるナオミとは尚美や直見、奈緒美のような日本人の名前ではなく、ナオミ・ネヴィル、ナオミ・キャンベルの例があるように、辞書にも載っている、欧米では一般的な名前である。


≪著者略歴≫

東ひさゆき(あずま・ひさゆき):1953年4月14日、神奈川県鎌倉市生まれ。法政大学経済学部卒。音楽雑誌「ミュージック・ライフ」、「ジャム」などの編集記者を経て、81年よりフリーランスのライターに。おもな著書に「グラミー賞」(共同通信)など。

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