2018年03月09日

1981年3月9日、シャネルズの「街角トワイライト」がオリコン・シングル・チャート1位を獲得

執筆者:馬飼野元宏

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1981年3月9日、シャネルズの通算3作目となる「街角トワイライト」がオリコン・シングル・チャート1位を獲得した。デビュー曲「ランナウェイ」に続き2度目のチャート1位である。


「街角トワイライト」は同年2月1日のリリース。前作「ハリケーン」からリリース間隔が半年開いているのは、80年7月にメンバーが事件を起こして、シャネルズは半年間の謹慎期間を設けたためである。「街角トワイライト」はいわば、禊のような形での再出発シングルであり、変わらぬ人気を証明したことになる。


作詞・作曲はデビュー以来の湯川れい子=井上忠夫(大輔)コンビであるが、タイトルといい詞、曲といい、なかなか示唆に富んだものになっている。というのもここでつけられた「街角」とは、デル・シャノンが61年に発表した全米1位の大ヒット「悲しき街角」をイメージさせるからである。「悲しき街角」は英題が「RUNAWAY」なので、継続したイメージを感じさせるように作られている。そして、井上の書いたメロディーは、やはりこの「悲しき街角」に加え、同じデル・シャノンの「太陽をさがせ」も下敷きにしたと思しい。ことにサビの直前でドラムが走り出し、サビでメジャーに展開していくあたりの持って生き方にオマージュ的な要素が含まれているようだ。デル・シャノンは「悲しき街角」のヒットの後、日本ではどんな曲を出しても勝手に「○○の街角」というタイトルを付けられ、「街角男」などという異名を取ったシンガーである。そんなこともよくご存知の湯川=井上コンビであるから、オールディーズ好きがちょっとニヤリとする引用をやってのけているのだ。湯川れい子は松本伊代にも「センチメンタル・ジャーニー」「ラブ・ミー・テンダー」とこれまたスタンダード・タイトル・シリーズをやっているので確信犯である。


だが、この曲の印象を決定づけているのは冒頭のアカペラ・パートだろう。サビ部分と同じ歌詞と、一部メロディーを変更して作られた、スローな出だしは、再出発の幕開けにふさわしい決意を感じさせる。このアカペラは最初の予定にはなかったそうだが、メンバーの鈴木雅之のアイデアでレコーディング中に急遽、挿入することになったという。また、バンドが加わってからは一気に走り出すが、ドゥー・ワップでこれだけのハイ・テンポを歌いこなすには、各パートの息が合わないとなかなかできる芸当ではない。ことにバス・ヴォーカルを担当する佐藤善雄のテクニックが存分に楽しめる1曲でもあるのだ。


シャネルズは、そのグループ名の由来が、70年代に人気を誇ったオールディーズのコピー・バンド「シャ・ナ・ナ」と、50年代に活躍したドゥー・ワップ・グループ「ザ・チャンネルズ」をあわせたところから来ており「オールディーズ風の楽曲をドゥー・ワップ・スタイルで歌う」という音楽のコンセプトとも一致するものであった。


シャネルズはこの後、さらにアップテンポな夏向けのナンバー「ハリケーン」、そして3連ロッカ・バラードの傑作「涙のスウィート・チェリー」などをリリース、83年にラッツ&スターに改名し、ドゥー・ワップとオールディーズにこだわらない、新たな音楽性に挑んでいくことになる。

「街角トワイライト」写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト

ソニーミュージック シャネルズ公式サイトはこちら>


≪著者略歴≫

馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。

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