2018年10月24日
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2018年10月24日
日本人ならば一度は聴いたことのある曲。そんな1曲のひとつが、かぐや姫の「神田川」ではないだろうか。ムーンライダーズの武川雅寛による叙情豊かなヴァイオリンのイントロで始まり、南こうせつの歌声が切ない物語を語っていく。
「神田川」が発売されたのは、73年(昭和48年)の秋のこと。かぐや姫の73年のアルバム『かぐや姫さあど』の収録曲で、当初はシングルでの発売予定がなかったのだが、深夜放送で火がつき、有線放送でもリクエストが殺到するようになり、シングル盤での発売が決まった。
この「神田川」を作詞したのが、作詞家の喜多條忠だったのだ。歌詞の内容は若者どうしの同棲をモチーフにしたもの。当時は、村上一夫が描いた劇画「同棲時代」が人気を得ていた時期でもあり、この同棲という言葉が共感を生んだ。風呂の無い小さなアパートに暮らす二人、切なくも脆い新しい愛の形、こんな光景が描かれていく。これは70年安保の挫折感とも、微妙に共鳴しているように思われてならない。
作詞家の喜多條忠は、47年(昭和22年)の10月24日生まれ。大阪府出身で、東京の大学に入りながらも中退し放送曲で台本を書いていた。南こうせつと知り合ったのは、こうせつが第1期のかぐや姫を組んでいた71年頃で、最初の共作曲はシングル「変調田原坂」のカップリングとして収録された「マキシーのために」であった。
この「マキシーのために」も、「神田川」に負けないほどの時代性を孕んでいる。原曲ではマキシーではなくピラニアと歌われていたのだが、実在した喜多條の友人がモデルで、学生運動などをしながら60年代末期を走り抜け、睡眠薬を飲んで自殺してしまう。後に、伊勢正三、山田パンダ、南こうせつというラインナップになった、第二期かぐや姫でもこの曲は歌われており、デビュー・アルバムの『はじめまして』には、よしだたくろうのアレンジによるロック・ヴァージョンで再演されている。
このように、ほろ苦い青春の思い出や、それぞれの時代が持つ灰汁のようなものが塗り込まれているのが、喜多條忠の歌詞の特徴だ。そこにリアリティがあるのは、自身の体験が底にあるからなのだろう。「神田川」にしても、大河のような長編物語の一部で、その全貌は74年に喜多條が書き下ろした「神田川」(新書館)で知ることが出来る。
かぐや姫とのタッグでは他に、「赤ちょうちん」「妹」「この秋に」「春の陽だまりの中で」などの名作を残している。ともあれ、南こうせつのかぐや姫のイメージを決定づけたのが、喜多條忠の歌詞であるのだ。
その後も作詞家・喜多條忠の活躍は続き、キャンディーズ「やさしい悪魔」や、梓みちよ「メランコリー」、沢田研二「ロンリー・ウルフ」、そして南こうせつと共作し島倉千代子に提供した「からたちの小径」など、数多くの情景を多彩に描き出していった。
2007年に、喜多條忠は久々に南こうせつと組み、「恋はるか」を発表した。この曲はまるでその後の「神田川」のような歌詞で、遠く過ぎ去っていった恋を懐かしむような内容となっている。それはあの石鹸箱をカタコトと鳴らした神田川から、まるで映画のように続いているのだ。
南こうせつとかぐや姫「神田川」「赤ちょうちん」「妹」南こうせつ「恋はるか」キャンディーズ「やさしい悪魔」梓みちよ「メランコリー」 ジャケット撮影協力:鈴木啓之
≪著者略歴≫
小川真一(おがわ・しんいち):音楽評論家。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン会員。ミュージック・マガジン、レコード・コレクターズ、ギター・マガジン、アコースティック・ギター・マガジンなどの音楽専門誌に寄稿。『THE FINAL TAPES はちみつぱいLIVE BOX 1972-1974』、『三浦光紀の仕事』など CDのライナーノーツ、監修、共著など多数あり。
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