2019年08月13日

1984年8月13日、松田聖子「ピンクのモーツァルト」がオリコン1位を獲得

執筆者:篠原章

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「ピンクのモーツァルト」は、1984年8月1日に発売された松田聖子にとって18枚目のシングルである。作詞・松本隆、作曲・細野晴臣、編曲は細野と松任谷正隆。シングルB面の「硝子のプリズム」も松本=細野作品で、やはり編曲に松任谷が参加している。売上げ枚数は42.1万枚(オリコン調べ)で、最高位は1位。オリコンで1位を獲得したのは発売から約2週間後の8月13日のことである。


松田聖子の松本=細野作品は全部で8曲あるが、シングルは「天国のキッス」(83年4月27日発売/B面「わがままな片想い」も松本=細野作品)、「ガラスの林檎」(83年8月1日発売/B面「SWEET MEMORIES」は松本=大村雅朗作品)に次ぐ3作目で、「ピンクのモーツァルト」の売上げ枚数は「天国のキッス」(47.1万枚)と「ガラスの林檎」(85.7万枚)には及ばなかった(ただし、「ガラスの林檎」は両面ヒット)。


この作品はさまざまな意味できわめて興味深い特色を備えている。当時の松田聖子への提供楽曲について松本隆は、後年「何を書いて良いかわからなかったが、何を書いてもヒットする」状態にあったと述懐している。ちょっとした壁にぶち当たっていたことになる。そこで、思い切って「少女が大人の女性に変身する」というセクシャルなテーマを選んだという。それは歌詞中の「さざ波」「ビッグ・ウェーヴ」「満ち潮」といった、「潮」に喩えた官能的な言葉にも象徴されているが、そもそも「ピンクのモーツァルト」というタイトル自体が、普通ならありえない言葉の組み合わせである。


細野の創った楽曲はポップで柔らかいバラードだが、驚くべきはリズム・トラックの作り込み方だ。細野はおそらく「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」という小夜曲(セレナーデ)の有名な第1楽章(アレグロ)などを念頭に置きながら、あろうことかモーツァルトという優雅かつヨーロピアンなテーマになんと「ジャングル・ビート」を合わせてしまったのである。ジャングル・ビートといっても、ドラムンベースなどに繋がる90年代のサンプリング・ミュージックではない。ミシシッピー生まれシカゴ育ちの伝説的なブルースメン、ボ・ディドリーが1950年代末に生みだした画期的なリズム(ドラミング)である。


もちろん細野は、ボ・ディドリーがヒット曲「ボ・ディドリー」で知らしめたような泥臭くディープなリズムをそのまま松田聖子の世界に持ち込んだのではない。80年代東京生まれのシティ・ポップの装いをまとった都会的なリズムに生まれ変わっている。が、聞き耳を立てれば、それはやはり東京ポップに変異したボ・ディドリーだ。


「インスパイアード・バイ・モーツァルト&ボ・ディドリー」の楽曲を松田聖子が歌っている。しかも、少女が大人の女性へ成長しようとするその瞬間を描いたセクシャルな歌だ。松本=細野の仕掛けに脱帽するほかない。


しかも、深読みするようにサウンドに集中すると、後年のジャングルやドラムンベースへの繋がりまで見えてくるような気がしてしまうから不思議だ。M-Beat「Incredible」の英国でのヒットが94年、H Jungle with t(小室哲哉と浜田雅功)の大ヒット「WOW WAR TONIGHT 〜時には起こせよムーヴメント」(200万枚超)が95年だから、彼らのジャングルが市民権を得る10年ほど前に細野はボ・ディドリーのジャングル・ビートを巧みにはめこんだヒットを放ったことになる。


ちなみに日本でジャングル・ビートを仕込んだ楽曲としては84年3月21日発売の大滝詠一『EACH TIME』に収録の「1969年のドラッグレース」(作詞・松本隆 作曲・大滝詠一)や91年6月18日発売の山下達郎『ARTISAN』に収録の「アトムの子」(作詞作曲・山下達郎)などが知られている。松本=大滝の「1969年のドラッグレース」が、はっぴいえんど結成前夜のメンバーによる東北旅行がモチーフであることを思うと、同じ1984年に同じジャングル・ビートを使った松本=細野の「ピンクのモーツァルト」がヒットしたことは感慨深い。なんともいえぬ因縁を感じてしまう。


「ピンクのモーツァルト」の編曲には松任谷正隆も参加しているが、その担当はおもにストリングスの部分だと思われる。セッションに参加したミュージシャンは、ベース、キーボード、プログラミングを担当した細野以外は不詳とされるが、サウンドの要になっているドラムは打ち込みではなくアナログに聴こえる。これだけのセンスを持つドラマーは林立夫しか考えられないが、実際はどうだったのだろうか。


なお、「ピンクのモーツァルト」にはシングル・バージョン以外にアルバム『Windy Shadow』(84年12月8日発売)に収録されたバージョンもある。こちらはリズム・トラックを抑え、ストリングスとピアノを際立たせたサウンドになっている。


松田聖子「天国のキッス」「ピンクのモーツァルト」『Windy Shadow』写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト

ソニーミュージック 松田聖子公式サイトはこちら>


≪著者略歴≫

篠原章:批評.COM主宰・評論家。1956年生まれ。主著に『J-ROCKベスト123』(講談社・1996年)『日本ロック雑誌クロニクル』(太田出版・2004年)、主な共著書に『日本ロック大系』(白夜書房・1990年)『はっぴいな日々』(ミュージック・マガジン社・2000年)など。近年は沖縄の社会と文化に関する著作が多い。

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