2019年05月16日

1984年5月16日、薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」がリリース~歌も映画も転機となった1作

執筆者:馬飼野元宏

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1984年5月16日、薬師丸ひろ子のシングル3作目となる「メイン・テーマ」がリリースされた。オリコン・シングル・チャートでは惜しくも最高2位、デビュー作「セーラー服と機関銃」2作目「探偵物語」に続く首位獲得はならなかったが、年間チャートでは13位に食い込んだ。作曲者の南佳孝も自身のヴォーカルで「スタンダード・ナンバー」として歌っており、この2曲の関係性はなかなかに面白い。


「メイン・テーマ」は、薬師丸ひろ子主演の同名映画の主題歌で、映画はもちろん角川映画の製作、監督は森田芳光、原作は片岡義男という布陣で、片岡と南佳孝のコンビは、当然82年の角川映画「スローなブギにしてくれ」の主題歌を南が手がけたことからの流れである。映画のタイトルに主題歌のタイトルを合わせる方法は、薬師丸主演作の前2作も同じ。


この曲は、南佳孝自身も「スタンダード・ナンバー」というタイトルで歌っており、全日空’84「青春ブランド沖縄」のキャンペーン・ソングに起用されている。リリースは84年の4月21日で、薬師丸の「メイン・テーマ」より1ヶ月早い。だが、「メイン・テーマ」は「スタンダード・ナンバー」のカヴァーというわけでもなく、競作ともちょっと違う。というのは、両者の歌詞が異なっていて、その内容があわせ鏡のような形になっているのだ。


どちらの曲も、作詞は松本隆が手がけているが、「メイン・テーマ」のほうは女性の目線で綴られた心情が歌われており、「スタンダード・ナンバー」のほうは男性目線の歌詞になっている。シチュエーションはどちらも同じ。両方合わせて聴くと、1組のカップルのラブストーリーだとわかる仕掛けなのだ。


薬師丸版を聴くと、女性はやや背伸びした女の子で、歌詞にある通り、20歳ぐらいの女子大生の設定に思えるし、薬師丸の実年齢に合わせたものでもある。逆に「スタンダード・ナンバー」を聴くと男性のイメージは女性より年上の、遊び人のナイスミドルのような雰囲気があり、映画で薬師丸と共演した野村宏伸のイメージとはかなり異なっている。というよりこれは南佳孝の楽曲によく出てくるキャラクターに近く、2曲合わせて聴くと、薬師丸と南のデュエット・ソングのように思えてくるのだ。


実は松本隆の作品には、こういうことが時折あって、例えば松田聖子の「白いパラソル」(作曲:財津和夫)と大滝詠一の「君は天然色」(作曲:大瀧詠一)はどちらも同じ登場人物のように思える。両者をつなぐキーワードは「ディンギー」だ。ほかにも松田聖子「秘密の花園」(作曲:呉田軽穂)と近藤真彦「永遠に秘密さ」(作曲:山下達郎)がやはり同じシチュエーションを男女双方から歌っているように聴こえる。リリースはどちらもほぼ同時期。ともに作曲者が違うので、特に後者は気づきにくいが、2曲で1曲のあわせ鏡のような面白さが、この時期の松本隆作品にはあるのだ。


さらに「メイン・テーマ」はB面の曲が「スロー・バラード」で、「メイン・テーマ」「スタンダード・ナンバー」「スロー・バラード」とタイトルまで連続性を感じさせる。ちなみに「スタンダード・ナンバー」のB面「眠りの坂道」は、もともと南佳孝が薬師丸のアルバム『古今集』に提供した楽曲のセルフ・カヴァー(作詞は来生えつこ)と、ここでもまた連続しているのだ。


「メイン・テーマ」「スタンダード・ナンバー」ともにアレンジは大村雅朗。前者は透明感あふれる、やや力の抜けたミディアム・テンポ、後者はリズムを変えて、アップめのラテン風にしているのがそれぞれのアーティストの資質を押さえたものになっている。薬師丸のヴォーカルは、それまでに比べ、格段に心情表現が豊かになっており、女優経験が歌の世界にも活かされるようになった、きっかけの曲と言えるだろう。南佳孝としては自身の「モンロー・ウォーク」が郷ひろみのシングルに採用され「セクシー・ユー」としてリリースされた際と同様の形でヒットに結びついた。


映画の『メイン・テーマ』についても触れておきたい。原作は片岡義男であるが、片岡にはもともと「メイン・テーマ」というシリーズ小説があったが、それとはあまり関係なく映画オリジナルのストーリーになっている。ただし4WDで旅に出る青年など、一部キャラクターは共通したものがある。映画化にあたって新進気鋭の監督、森田芳光を起用し、さらにオーディションで薬師丸の相手役を公募し、そこで選ばれた野村宏伸が共演者となった。


女優・薬師丸ひろ子としてはかなり冒険作で、それまでの共演者はデビュー作『野性の証明』(78年)の高倉健、『翔んだカップル』(80年)の鶴見辰吾、『セーラー服と機関銃』(81年)の渡瀬恒彦、『探偵物語』(83年)の松田優作、『里見八犬伝』(83年)の真田広之と、81年の『ねらわれた学園』(81年)の高柳良一を除けば、自身よりキャリアのある俳優ばかりである。『ねらわれた学園』も学園を舞台にしたSFドラマなので、同世代との共演というものであったが、この『メイン・テーマ』は少々様相が異なっている。


というのも相手役の野村宏伸は、高柳良一と同じく本作が演技初経験。さらに、共演者は財津和夫、太田裕美、渡辺真知子となぜか歌手ばかりが起用され、メインキャストで演技的に薬師丸の先輩は、桃井かおりのみと言っても良い。その桃井も不思議なことに役柄は「歌手役」なのである。これだけ本物の歌手を揃えていながらなぜ? とも思うが、森田監督あるいは角川春樹の中に、薬師丸の演技的成長を考慮して、頼れるベテラン俳優を置かずに孤立感あるいは座長意識を植え付けることを狙ったのか、ともふと思う。映画としてはやや不思議なムードの作品になったが、本作での苦労は、同年末に公開された『Wの悲劇』で演技開眼と言われ幾多の賞を受賞し、大人の女優に成長したという高評価に繋がっていった。薬師丸ひろ子にとっては歌も映画も、まさしく転機となった1作なのである。

薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」南佳孝「スタンダード・ナンバー」ジャケット撮影協力:鈴木啓之


≪著者略歴≫

馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。近著に『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック)、構成を担当した『ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代』(リットーミュージック)がある。

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