2016年04月19日
スポンサーリンク
2016年04月19日
昭和のテレビ史に名を残す数々の名ドラマ番組を手掛けた演出家として知られる久世光彦(くぜ てるひこ)。今日、4月19日は彼の誕生日である。
久世光彦は、東京大学文学部卒業後、ラジオ東京(現:TBS)に入社。以降、テレビドラマ『時間ですよ』(1970~1973)、『寺内貫太郎一家』(1974~1975)、『ムー』(1977)など、70年代のTBSを代表する数々のヒットドラマを生み出している。初期の久世の演出の特徴は、一言でいうと「破天荒」。基本は平和に暮らす下町の店やお茶の間を舞台としながら、時として、台本どおりなのかハプニングなのか分からない、過激なアドリブによる急展開が起きたり、ドラマの最中にカメラ目線での「歌のコーナー」が挿入されたりと、それまでのホームドラマの常識を覆す、虚実と悲喜劇とが入り混じった実にスリリングなものだった。この作風に磨きをかけるため、久世は同時期のTBSの大ヒット番組『8時だョ!全員集合』の門をたたき、コントコーナーの演出を担当しつつ、ザ・ドリフターズのいかりや長介に教えを受けていたというエピソードもある。ドラマなのかコントなのか……その狭間を縫うように展開するキレ味鋭い久世演出に、不思議なドライブ感とカッコよさを感じていた人も少なくないだろう。
こうした久世の作風を支える音楽担当者たちもまた、一筋縄ではいかぬ強者が揃っていたのが面白いところ。『時間ですよ』には、猥雑なジャズのニオイを残す山下毅雄(※『大人のMusic Calendar』2015年06月26日参照)が、『寺内貫太郎一家』には、当時『太陽にほえろ!』(1972~1986)の音楽で名を馳せていた井上堯之・大野克夫らが参加し、従来のホームドラマとは明らかに違ったテンションの音楽を提供していた。そして『ムー』では荒木一郎が、『ムー一族』(1978)ではブルース・クリエイションの後継バンド:クリエイションを擁する竹田和夫が音楽を担当するなど、規格外のことが試しやすいホームコメディとはいえ、それでもかなり斬新な人選、かつ実験的な音楽が付けられている。
その後TBSを退社した久世は、1980年に制作プロダクション「カノックス」を設立。また『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』等で苦楽を共にした脚本家:向田邦子が、不幸にも1981年の飛行機事故により突然この世を去ってしまうという経験を経て、単に「破天荒」では片づけられない作風へと徐々に変化していく。そんな久世が、向田の魂を受け継ぐかのように開始したライフワーク、それが『向田邦子スペシャル』シリーズである。向田が遺した小説・エッセイ等の様々な著作物から「家族の肖像」を紐解き、久世がそれを一本のストーリーに紡ぎ直して描き続けたスペシャルドラマで、第1回目の『向田邦子新春スペシャル・眠る盃』(1985年1月9日放送/TBS系)から、『さらば向田邦子~風立ちぬ』(2001年2月12日放送/TBS系)まで、全17作が16年間に渡って放送されている。
このシリーズで一貫して音楽を担当したのが、『寺内貫太郎一家』に俳優として参加し、久世の信頼も厚かった作曲家:小林亜星だ。時に朗らかで、時に哀愁を帯び、一度聴いたらすぐに諳んじられるほど覚えやすいフレーズを続々と創り出す「希代のメロディメーカー」(※『大人のMusic Calendar』2015年08月11日参照)……。しかし、このシリーズのために彼が用意した音楽は、こうしたパブリックイメージからすると、若干方向性の異なる作品群であった。
『向田邦子スペシャル』での小林の音楽設計は、雰囲気に合わせてシーンごとに様々な音楽を貼り付けるような、「煽る」タイプの効果音的な手法ではなく、厳選したごく少数のモチーフを何度も繰り返し登場させ、ドラマの上に一定の色調で整えられた薄紙を敷いていくような、黄金時代の映画音楽を思わせるシンプルなものだった。決して前に出すぎず、少ない楽器編成で静かにゆっくりとドラマの展開を見守るようなその作風は、CMやテレビ主題歌で発揮される亜星サウンドとはおよそ正反対なもの。いわば「動と静」。キャッチーさを誇る「動の小林亜星」に対する、知られざる「静かなる小林亜星」の姿がここにある。
これらの音楽を収録した2008年発売のCD『向田邦子TVドラマ サウンドトラック集』に寄せられた小林の文章「我が盟友とのコラボレーション」には、「これらの音楽は、私と、今は亡き御二人との、友情の証のように思えるからです。そしてそれは、同じ杉並に育った三人の、昭和の東京少年少女達へのオマージュでもあります。」とある。『向田邦子スペシャル』は、久世のライフワークであると同時に、小林にとってのライフワークともなったのだ。久世光彦は2006年3月2日に没。既に10年の時が過ぎた。その今だからこそ、ぜひもう一度、このCD、あるいは本編のDVD等で、「破天荒」を超えた先に掴んだ真の久世演出の妙、そして、穏やかで気品溢れる「静かなる小林亜星」の世界を体験していただきたい。
森繁久彌と言えば映画にテレビにラジオに舞台に歌に、それぞれにしっかり代表作がある名優である。さらには文才をも兼ね備え、エッセイストとしても多くの著書を遺している。では歌での活躍はといえば、自身の...
“ビートルズっぽい架空のロック・バンドを主人公にした連続TVコメディ番組”そんな発想のもとに誕生したグループがモンキーズだった。12月30日は、そのモンキーズのヴォーカルであり、一番人気であった...
1970年10月21日、パートリッジ・ファミリーのデビュー曲、「悲しき初恋」がリリースされた。パートリッジ・ファミリーはモンキーズやアニメのアーチーズなどと同じく、アメリカのテレビ番組のために作...
1976年9月25日は井上堯之の初のヴォーカル・ソロ・アルバム『Water Mind』が発売された日である。今まで決してセンターに立つことを好まなかった男がついにソロ・アルバムを発表した。tex...
10月13日はエド・サリヴァンの命日となる。司会者であった「ザ・エド・サリヴァン・ショウ」は、けして音楽番組ではない。それにもかかわらず、彼の名前が海外の音楽ファンにまで知れわたっているのは、極...
今から49年前の今日1967年10月6日は、日本でTVシリーズ『ザ・モンキーズ』の放送がスタートした日。作家陣からスタジオ・ミュージシャンによるバッキング演奏まで、効率良くヒット・レコードを量産...
1978年の8月24日、郷ひろみと樹木希林のデュエット・ソング「林檎殺人事件」が、TBSの『ザ・ベストテン』で3週連続1位を獲得した。「林檎殺人事件」は、郷ひろみがレギュラー出演していたTBSの...
本日1月8日は、シンガー・ソングライターの草分けであり、俳優、カード・マジシャン、実業家…と多才な活動を展開している荒木一郎の72回目の誕生日。 Text by中村俊夫
作曲家であると同時に俳優、タレント等、様々な顔を持つ小林亜星。1961年のレナウン「ワンサカ娘」以降、誰もが簡単に覚えられ、無意識に口ずさむことのできるメロディを紡ぎだす天才として、CMソングの...
“ヤマタケ”の愛称で知られる山下毅雄は1930年生まれ。幼稚舎から一貫しての慶応ボーイで、学生時代からフルートを学び、大学の時には演劇部のために劇音楽を作り始めるが、作曲そのものはすべて独学で学...