2016年02月02日
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2016年02月02日
本日はガロのマークこと堀内護の誕生日。1949年生まれだから、67歳になる。…、生きていれば、と書くことになるのが、とても淋しい。2014年12月9日に65歳で亡くなられてから、もう1年以上が過ぎた。
ガロはマークと、日高富明(愛称トミー)、大野真澄(愛称ボーカル)の3人組で1970年に結成。グループの名付け親は当時まだ活動中だったザ・タイガースのマネージャーである中井國二氏だったが、堀内さんから生前に直接お聞きした話では、当初提示された候補に「ピッグ(PYG)」もあったという。でも、「豚」じゃなあ、と「ガロ」(中井氏が自分の子供の名前として考えた「我郎」から)を選んだ、という。
ちなみに、後にPYG名のバンドを結成することにもなったジュリーは1948年生まれ、ショーケンは1950年生まれ、ちょうどマークはその間の年齢になるのだが、実際、プロ・デビューは由美かおるのバック・バンドであるエンジェルスのメンバーとしてだったから、GSブームがもっと長く続いていれば、やがてエンジェルスも単独でレコード・デビューして、マークもGSアイドルになっていたかも知れない。
しかし、GSブームが早々に終焉を迎える頃、エレクトリック一辺倒なロック勢とは対照的に、変則チューニングのアコースティック・ギターと奔放なコーラス・ワークでロックするクロスビー・スティルス&ナッシュという海外の先達に天啓を受けたガロは、それまでのロックでも無く、ましてやフォークでは無い、従来のジャンル分けでは規定出来ない日本の「新しい音楽」を展開する入口に立っていたと思う。つまり、まさに「ニューミュージック」の先駆になる訳で、全曲メンバーが作曲した1971年のファースト・アルバム『GARO』は特にロック・ファンにこそ、この上なく新鮮に響いたものだ。
ところが、一般的に認知されることになったのは、かつてのGS時代の中心的作曲家・すぎやまこういち作品を歌った(歌わされた?)メガ・ヒット曲「学生街の喫茶店」であり(当初1972年にシングルB面で発売されたが、実際に火が点いたのは翌1973年)、そのビジュアルからもフォーク系アイドル歌謡グループみたいに思われることになってしまったジレンマは、当時の活動中はもちろん、今に至るまで延々と続いていると思われる。現時点でもCDで容易に入手可能なオリジナル・アルバムは「学生街の喫茶店」を含むがメンバーのオリジナル曲は1曲も無い『GARO2』だけというのも象徴的。
もっとも、一方でマークが2013年に「マークfrom GARO」名義でリリースしたニュー・アルバム『時の魔法』では、かつては敬遠していた「学生街の喫茶店」も取り上げ、セルフ・ライナーでも「やはり、この曲無くしてGAROは語れません」と明言。色々な意味で「時の魔法」を感じさせたが、まさかそれがマークの遺作になるとは…。
かつてのトミーに次いで、マークも居なくなってしまった今後、ガロは残された音源の中にしか存在しなくなるのだろうか。
しかし、先月のBS放送で吉田拓郎らの業績を取り上げた音楽番組(1月16日、BSジャパン「あの年この歌新春スペシャル」)を観たところ、大野真澄氏とTHE ALFEEの坂崎幸之助、高見沢俊彦ご両人が拓郎ナンバーを共演していたが、さらに坂崎+高見沢コンビは番組の最後で当日のテーマとは関係無く、ガロの「散歩」をカヴァー。
この曲は「学生街の喫茶店」の次のシングル候補の1曲で、当時大野氏が緊急入院していたためにマークとトミーだけでレコーディングされたものだから、2人だけで歌うのは筋が通っているとも言えるのだが、そこに大野氏が居るのに、あえて同曲を取り上げた訳は…。
私はこう思った。ガロの「散歩」は良く出来ているとはいえ、何か足りない。ケーキの上の生クリームのみを味わっているような感じ。別の根拠もある。同じ時の2人デュオによるヒット曲「君の誕生日」も甘酸っぱい生クリームだけの印象だが、かつてガロのCDボックスがリリースされた際に特別収録された未発表ライヴ音源集での同曲は大野氏も加わった編成になっていて、そこではケーキまるごと、いや、ガロまるごとが味わえたものだ。
ならば、前座を務めたこともある最初期からガロとは因縁深いご両人は考えているのではないだろうか。この「散歩」に大野氏が加わってくれるならば、それはガロだと。実際、その番組で坂崎氏は「ガロのコーラスは引き継ぎたい」と語っていた。以前にもガロのメンバーとの個別の共演、特に大野氏とはガロ・ナンバーでの共演の機会もあったが、「今こそ本格的に3人でガロやりませんか」と大野氏の面前でお誘いしていたのだと思えてならない。
私は、特にガロに関しては「元」とか「故」とか言いたくない。言ってしまったら元も子もない。生き続けているガロを(今あらためて大野+坂崎+高見沢で)体験したいと切に願う。
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