2019年02月22日
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2019年02月22日
トミーの愛称で知られる日高富明は1950年の2月22日と2並びの日の東京生まれ(ちなみにガロのマークこと堀内護は前年の生まれだが誕生日は2月2日の2並び)。健在ならば69歳。だが1986年に夭逝したトミーは永遠に36歳のまま…。
ギターの超コレクターとしても有名だったトミーがギターにのめり込むキッカケとなったのは中学3年の冬、1965年1月に開催されたベンチャーズの来日ライヴ体験とのことだが、同ツアーの大阪公演には、それこそがキッカケでザ・タイガースを結成することになるメンバーも来ていた。
進学した高校のアマチュア・バンドに誘われたが、その「アウトバーンズ」での仲間が同じ学年の松崎しげる(元祖・トミーとマツ!)。一方、由美かおるのバック・バンド「エンジェルス」を1968年後半に脱退して自分のバンドのヴォーカリストを捜していたマークが同じ練習スタジオで見掛けていた松崎に目を付けたところ、松崎はトミーと一緒じゃないとやらないと主張、3人が組むバンドが誕生することになる。それが「ミルク」で、命名は松崎の牛乳好きに由来するようだが、それを夏は「アイス・ミルク」、冬は「ホット・ミルク」で行こうと提案したのは、芸能マネージャーの仕事をしていた木村修司、後の宇崎竜童。同じく宇崎から目立つようにと決められたユニフォームはツナギならぬオーバーオール。かなり後年になるが、TV局でツナギ姿の宇崎(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)とスレ違ったマークは驚いて「木村さん、何やってんですか」と声を掛けたという。
トミーはアコースティックギターの変則チューニングも駆使したが、当初クロスビー、スティルス&ナッシュ(CSN)をコピーしていても独特な響きが再現出来ず、これはチューニングが違うと気付いて試行錯誤した後、映画『ウッドストック』が1970年7月に公開されたのでチェックしに行ったところ、自分と同じポジションで押さえていて我が意を得た、というようなインタビュー記事を読んだことがある。情報が圧倒的に少なかった当時ならではのエピソードだが、実は松崎しげるは左利きながらギターは通常の弦の張り方のままで弾いており、当然ながらコード・フォームは独自に編み出したとTVで話しているのを見たことがある。トミーにヒントを与えたのは意外にも松崎だったりして…。
ともかく「ミルク」ではリード・ギタリストとして被るトミーとマークそれぞれが脱退したり復帰したりという繰り返しもあり、やがて松崎はソロ歌手としてデビューすることになったが、唯一のシングル盤「ハッシャバイ」をトミーだけが在籍していた時代に録音していた。発売されたのは翌1971年の初頭、冬なので「ホット・ミルク」名義。ただし、発売前にまた脱退していたトミーはジャケットには写っていない。
それ以前の1969年9月、タイガースを脱退した加橋かつみらが持ち込んだ話題のミュージカル『ヘアー』日本版のオーディションにトミーはマークを誘って参加するが、合格したのはマーク。そこではガロを結成することになるボーカルこと大野真澄との出会いも用意されることになった。ただし、トミーは落選したのではなく、団体行動が肌に合いそうもないので途中で離脱したとの話もある。そういえば、ガロはCSNに大いにインスパイアされた訳であるが、あちらのキーパーソンであったスティーヴン・スティルスがCSN結成以前に「モンキーズ」のメンバー募集オーディションに行きながら、合格したのは友人のピーター・トークだったというエピソードを連想させるのも面白い。
併せて、スティルスのCSN以前の重要バンド、バッファロー・スプリングフィールドでのニール・ヤングとの運命的な出会いと喧嘩別れ、なのに何とCSNにヤングが加入、でも解散、ところが、またスティルス・ヤング・バンドなんかで共に活動したりもする奇妙な関係とトミーとマークの関係は似ていたんじゃないかなあ、とも思わされる。
そうした2人の過去の因縁を知ると結構ガロも危うい均衡のグループだったのだろうが、結果としてはガロこそがトミーにとってもマークにとっても自分の音楽を表現するのに最適な場であったと言える。それが結実したのが1971年11月発売のファースト・アルバム『GARO』で、一部の作詞は山上路夫が担ったとはいえ、全てメンバーの自作曲で占められ、そのサウンドは当時の日本のロック界に感じられた頑なこだわりを颯爽と超えていた感があり、以前からゴリゴリのロックだけでなく、今で言うソフト・ロック系も嗜好していたというトミー作曲の「地球はメリーゴーランド」などもガロの幅広い音楽的豊かさを大いに示していた。
ところが、あくまでロックのスピリットなのに、生ギターを大きくフィーチャーしたスタイル、およびドノヴァン好きだった堀内作曲のブリティッシュ・トラッドの香りもある「たんぽぽ」がデビュー・シングルとなったことでも一般的にはフォークと混同され、さらにはプロによる楽曲「学生街の喫茶店」(作詞・山上路夫/作曲・すぎやまこういち)が超特大ヒットになるという想定外の出来事があり、メンバーの秀でたビジュアルもあってアイドルっぽい打ち出しを強いられたりするような展開となった。
だから「学生街の喫茶店」が無ければガロは独自の音楽性をさらに花開かせたに違いない、との見方も強いが、何せトミーとマークなのですからして、結構直ぐに解散に至ってしまったのかもしれず、むしろ「学生街の喫茶店」こそがガロを存続せしめた要因になったと思えたりもするのだが…。
しかし、日高が長く生きていれば、そして時代も変わればガロの再結集も、いやいや、それこそは見果てぬ夢ながら、「ガロ=学生街の喫茶店」だけの認識ではあまりに勿体ないのはもちろん、また「ガロ=ファースト・アルバム」というのも誠に勿体ないと思われてならない。私はアルバム単位の括りを解き放って、バラバラの曲群の中から自分なりに宝石を見付けるのが、ガロの正しい、もとい、楽しい聴き方ではないかと思っている。その意味でも相変わらずガロの全音源(特に後期)が一般的には簡単に聴けない状況は何とかならんものでしょうか。後進のためにも稀有な宝庫の扉だけは常に開かれていて欲しいと切に願う次第。
(ガロ結成以前の情報に関しては、特にトミーに関する造詣が深い高木龍太氏のリサーチを大いに参考にさせていただきました)
ガロ『GARO』「地球はメリーゴーランド」「たんぽぽ」「学生街の喫茶店」ジャケット撮影協力:鈴木啓之
≪著者略歴≫
小野善太郎(おの・ぜんたろう):高校生の時に映画『イージー・ライダー』と出逢って多大な影響を受け、大学卒業後オートバイ会社に就職。その後、映画館「大井武蔵野館」支配人を閉館まで務める。現在は中古レコード店「えとせとらレコード」店主。 著書に『橋幸夫歌謡魂』(橋幸夫と共著)、『日本カルト映画全集 夢野久作の少女地獄』(小沼勝監督らと共著)がある。
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