2018年02月13日
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2018年02月13日
2月13日は矢野顕子さんの誕生日。10代のころからクラブでピアノの弾き語りを始め、アルバム『JAPANESE GIRL』でソロ・デビューしたのが1976年のことだから、既に活動歴は40年以上となる。
彼女の存在が広く知られるようになったきっかけは、1979年と1980年の2度にわたって行われたYMOワールド・ツアーへの参加だろう。大量のシンセサイザー、そしてそろいのユニフォームといった無機的なステージの中で、矢野さんがキュートに踊りながら演奏し歌うさまは強烈なコントラストとなり、観客そしてテレビ中継を観ていた少年少女の心を大いに揺さぶった。
このYMOのワールド・ツアーは後年、“大資本をバックにプロモーション目的で行われたもの”と揶揄されたこともあるが、矢野さんはそういう面を認めつつも、「でもね、私たちは演奏がうまかったから、本当に受けたのよ」とさらりと流す。
“演奏のうまさ”は、彼女にとってとても大切なことだ。2017年にデジタル・リマスター版が上映された映画『SUPER FOLK SONG~ピアノが愛した女。~』は、矢野さんが1992年リリースしたピアノ弾き語りアルバム『SUPER FOLK SONG』の制作風景を収めたドキュメンタリーだが、そこでの己のパフォーマンスに対する厳しさは観ている方が身震いするほど。頭の中では既に形となっている音楽に到達できないもどかしさ、それを何としてでもつかみ取ろうと必死に演奏する様子からは、“ピアノが愛した女”というタイトルが、愛されたがゆえにそれに殉じなければならないという裏返しの意味なのだということが分かる。
『SUPER FOLK SONG』からスタートしたピアノ弾き語りアルバムは、エンジニアの吉野金次氏とタッグを組んで制作され続けており、2017年に発表された最新作『Soft Landing』では、氏の薦めによりドイツ製のベヒシュタインというピアノが使われた。長年の付き合いであるスタインウェイのピアノは、気心が知れているがゆえ勝手にまとめてくれるが、初対面であるベヒシュタインはよそよそしく、「その音が欲しいならちゃんと弾いてくださいとピアノに言われているようだった」と矢野さんは振り返る。それに戸惑いながらも、なぜそのピアノを吉野氏が推したのかを理解し、高く設定されたハードルをクリアすることで、『Soft Landing』ではこれまでとはひと味違う、艶のあるピアノの音が鳴り響いている。
矢野さんのツィッター( @Yano_Akiko )を見ていると、しょっちゅうピアノの練習についての話題がつぶやかれている。バッハについて、シューベルトについて、夜中でも弾ける電子ピアノについて……。ピアノに愛された以上、毎日真摯に向き合うのが当たり前なのだろう。そんな日々の練習のたまものである矢野さんのピアノを、ここのところの厳しい寒さの中で聴くと、体の芯がじわっと暖かくなる気がする。
≪著者略歴≫
國崎晋(くにさき・すすむ):1963年生まれ。サウンド・クリエイターのための専門誌『サウンド&レコーディング・マガジン』編集長を20年間務め、現在は同誌編集人。ミュージシャンやプロデューサー、エンジニアへの取材を通じての制作現場レポートや、レコーディング機材使いこなしのノウハウなど、プロ/アマ問わず多くのクリエイターに役立つ記事を多数手掛けている。2010年からはPremium Studio Liveと題したライブ・レコーディング・イベントを開始し、収録した音源をハイレゾ・フォーマットで配信するレーベル活動も展開している。
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