2016年08月21日

[第13回読者投稿コラム]魅惑のチョッパー奏法とベーシスト達 text by 六條浩和

執筆者:読者投稿

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8月15日はベーシスト、ラリー・グラハムの誕生日。


'70~'80年代のディスコ、フュージョンAORブームで、ファンキーかつメロウなソウル音楽が流行。その流行を彩った一つに本来地味な楽器だったベースが一躍躍り出る華々しい奏法があった。弦を空手チョップのように弾いて鳴らす「チョッパー奏法」である。

この頃はプロアマ問わず弦をはじいて、「チョッパーやらずはベーシストにあらず」の風潮があった。「チョッパー」は所謂和製英語であり、海外では"SLAP"と言われていることが一般的だ。故に近年ではチョッパーは死語になりつつあるが、本稿ではあえてチョッパーを用い、回願してみようと思う。


「チョッパー」の命名だが、空手チョップからではなく、BASS MAGAZINE2009年8月号の特集によると、ドラマーの林立夫の命名で、映画「イージーライダー」に出たバイクのハンドルの「チョッパー」に由来しているとのことだ。


この奏法元々の起源は何なのだろう? ロカビリーではウッド・ベースの弦をはじく「スラッピング・ベース奏法」があるが、空手チョップのようなものとは違う。ブギウギ・ピアノの低音部(左手)のオクターブの上下の反復を基本とするプレイをベースに置き換えたものがチョッパーだとすれば、日本発の用語として広まればとも思う。'80年代のグラハムのインタビューでは、「'60年代中頃にフィラデルフィアのスタジオ・ミュージシャンの間で自然発生的に流行したものであり、自分が考案したものではない」との意を読んだ記憶があるが、先のBASS MAGAZINEでの来日インタビューではそういう発言はない。


チョッパーを大きくフィーチャーした大ヒット曲というと、グラハム在籍のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの"Thank You"('70年作)が思い浮かぶ。全米1位曲では初のチョッパー・ソングではないだろうか。故ルイスジョンソン在籍の「ブラザーズ・ジョンソン」の存在も無視できない。


さて、日本での第一人者は誰だろう? '60年代、GSのバンドでもアタック音の強いバチバチしたベースはよく耳にはするが、恐らくピック弾きによるものだろう。第一人者には、'70年代中頃のおける後藤次利と田中章弘の二人を挙げたい。


ロキシー・ミュージックの前座を務めたサディスティック・ミカ・バンドのUKツアーでも後藤のベースは「度肝を抜いた」とされ、先のBASS MAGAZINEに載っていたライブ評の転載でも「彼のフラメンコ奏法は美しい」の記述もある。ティン・パン・アレーの『キャラメル・ママ』('75年作)にも後藤のベースを大きくフィーチャーした「チョッパーズ・ブギ」が収録されている。伝説のグループ、ハックルバックでも田中の「ぶちぶちベース」が評判になっていたようで、萩原健太著『はっぴいえんど伝説』('83年)にも当時のライブ評の転載がある。山下達郎の"BOMBER"('78年作)では田中のチョッパー・ソロが聞ける。大阪ディスコで火がついて人気になった曲だ。


また、彼らの先輩にあたる大御所細野晴臣も、YMO「テクノポリス」('79年作)、矢野顕子「ごはんができたよ」('80年作)でもチョッパーが。矢野顕子のライブ盤『東京は夜の7時』('79年作)での"WALK ON THE WAY OF LIFE"では、細野の貴重なチョッパー・ソロを聴くことができる。


近年ではそれ程重要視されなくなった感があるが、流行を超えて定着したとも言える。パンクなど過激なジャンルでも多様され、より複雑に進化し続ける「チョッパー奏法」である。

レイズ・アップ ラリー・グラハム

エッセンシャル・スライ&ザ・ファミリー・ストーン

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