2019年06月02日
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2019年06月02日
人生において無駄なことなど何一つない。その夜の大江千里のピアノはそう教えてくれた。
「デビュー36年目、笑顔が変わらずキュートな58歳、大江千里です」
大江千里がトリオで帰ってきた。
2008年、ポップミュージシャンのキャリアを一切合切捨て、ニューヨークの音楽大学ニュースクールのジャズ専攻に入学。2012年、卒業と同時にオリジナルジャズアルバム『Boys Mature Slow』をクインテットで、翌2013年にはビッグバンドで『Spooky Hotel』、2015年にドラムレスのカルテットで『Collective Scribble』、2016年にシーラ・ジョーダンらを迎えたソング・ブックアルバムとして『Answer July』を発売。2018年夏、デビュー35周年目のアニバーサリーも兼ね、9曲中7曲はかつてのポップスをジャズオリジナルの新曲として収録した『Boys & Girls』を発表。もちろん、全世界発売・配信だ。
2018年8月4日、『Boys & Girls』のワールド・プレミアはLAのUpstairs Vitello’s Supper Clubで行い、9月2日にはデトロイドジャズ・フェスティバルに初参加する。『Answer July』と『Boys & Girls』は2年連続でグラミー賞のconsideration (ノミネートの一つ前)に選ばれ、日本では『Boys & Girls』はオリコン 「アルバムウィークリーランキング・ジャズ・クラシック他ジャンル1位」を獲得している。
2019年の1月に行われたジャパンツアーのパンフ「Senri Jazz Times vol.1」では、渡米からのライブリスト、セットリスト、スコアなど、アメリカでの軌跡を知ることができる。渡米して11年目、約180のライブリストの中で【青★印=アメリカ】がなんと多いことか。ニューヨーク、ニューオリンズ、シリコンバレー、ワシントンD.C.、シカゴ、イリノイ、ミネアポリス、LA、デトロイト、ボストン、ホノルル……。
彼の相棒、エモーショナルケアドック認定されたぴーすもその多くに帯同している。
東京は夜の17時。「Tommy who knew too much」から航海はスタートする。ベースのマット・クロージー、ドラムのアリ・ホーニグを迎えて、まずはガツーンと一発、軽快に始まった。3人の力強い音に、会場が一気に包まれる。
続いて3 rdアルバムから「Fried Green Tomato」「Akiuta」。
4月に初めて3人で行ったTomi Jazzのセッションの様子を大江千里はこう書いている。「天才肌でリズムのチェンジが多彩でシンバルの使い方が派手で、ジャズを超えたもっとその先を感じる奏法のアリ」。ときにドラムでメロディを奏でる技を披露する。「マリアシュナイダーやジャズ界のあの人この人に重宝がられているバイプレーヤー。安定感とジャズ言語の豊富さ多彩さにいつもワクワクしっぱなしのマット」。
『Boys & Girls』の中から「Wallabee Shoes(ワラビーぬぎすてて)」「Never see you again(格好悪いふられ方)」「Rain」と続く。ピアノソロで「Rain」が始まるとマットとアリが、その音にじっと耳を傾ける。曲をリスペクトする思いが伝わってくる。
そういえば、「Rain」にはこんなエピソードがある。アメリカのライブで「Rain」をジャズアレンジで演奏したら、「なんて素敵な曲なんだ! これに歌詞をつけて誰かに歌ってもらったらいい!!」と白人の大男が抱きしめてきたというのだ。そう、歌詞がなくてもあの切ないメロディは万国共通で琴線に触れてくる。「Rain」は新海誠監督の『言の葉の庭』のエンディングで知った若い人も多い。
35周年のアニバーサリーツアーでは、かつてライブに来ていた人たちが再び足を運んでくれた印象がある。その人たちが、今度はちょっとおしゃれをしてブルーノートに来てくれているかもしれない。「久しぶりにパートナーとのデート」とコメントする人たちも多かった。
アメリカに渡ってからの約10年間を綴った2冊の著書『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでジャズを耕す 54歳から始めるひとりビジネス』を読んで、足を運んでくれた人もいるだろう。始まって以来のリツィート数をたたき出した「東洋経済オンライン」の記事を読んだ人もいるかもしれない。
東洋経済ONLINE>大江千里、47歳で始めた僕の「ライフ・シフト」 米国での活動から小室さんの引退までを語る>
「bikini」「Indoor Voices」と新曲が続き、5枚のジャズアルバムからバランスよく”Senri Jazz”は進む。ポップミュージシャンからジャズピアニストへ。すべての経験が今につながる。大江千里のピアノは力強く、そう教えてくれる。
ライブは一期一会。二度と同じ演奏はない。東京は夜の7時。心に火が灯る。これがすべてだ。翌週には大海原を越えてブルーノートハワイへと向かった。
”Senri Jazz”は進む、進む。
live photo by コヤママサシ
Senri Oe - Jazz Pianist in NY>
≪著者略歴≫
松山加珠子(まつやま・かずこ):(「月刊カドカワ」副編集長、角川つばさ文庫編集長、カドカワ・ミニッツブック編集長等を経てKADOKAWA卒業。現在、noteとニコニコチャンネルで有料ブログ「Senri Garden ブルックリンでジャズを耕す」編集の傍ら某スウェーデン家具店に勤務
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