2019年04月23日
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2019年04月23日
「最近、CMから生まれたヒット曲は?」。そう訊かれて、すぐに曲名と映像が浮かぶ人はそう多くあるまい。2018年のビルボード・ジャパン年間ランキングでは上位10曲中3曲、2017年では2曲がCMタイアップ付きだが、その5曲とは、欅坂46の「ガラスを割れ!」と「サイレントマジョリティー」、乃木坂46の「シンクロニシティ」と「インフルエンサー」、AKB48の「Teacher Teacher」。いずれも彼女たちが出演しているCMに起用されているのだが、そのせいか「CMから生まれたヒット曲」というよりは「アイドルが出演しているCMのBGM」という感覚に近い。おそらくこれらの曲名と商品名が結びつくのは、一部のファンに限られるのではないか。近年は「YOUNG MAN」や「UFO」など、過去の曲を替え歌にしたCMが大流行で、誰もが知るCM発のヒット曲は、2015年の浦島太郎(桐谷健太)「海の声」(au)くらいしかない。
しかし、かつてはCMタイアップこそがヒットの登竜門だった。その傾向が顕著になったのは、カラーテレビの世帯普及率が90%を超えた70年代後半以降である。安定成長を続ける日本経済を背景に、企業は積極的に広告費を投入。なかでも、音と映像でメッセージを訴求するテレビCMは様々な流行の発信源となり、企業名や商品名を連呼しない、いわゆるイメージソングがヒットチャートを賑わせるようになる。その最たる例は「資生堂」「カネボウ」を中心とする化粧品のイメージソングだったが、それに次ぐヒット曲を送り出したのが、「日本航空(以下JAL)」と「全日空(以下ANA)」を擁する航空業界であった。
72年に発動された運輸省(現・国土交通省)の政策によって、JALは国際線と国内幹線、ANAは国内幹線とローカル線・国際線チャーター、東亜国内航空(TDA/後の日本エアシステム)は国内ローカル線の運航を担当する体制が確立していたが、経済成長による需要の高まりで、各社とも業績を拡大。資生堂とカネボウのイメージソング対決が本格化するのは76年以降だが、JALとANAも同時期から、主にニューミュージック系のアーティストによるイメージソングを採用し始める。その嚆矢といえるのが、76年の太田裕美「翔び立つ私」(JAL/非売品)と大橋純子「大きな翼 let me fly again」(ANA/非売品)で、その後は杉田二郎「夢の翼」(ANA/77年)、ハイ・ファイ・セット「あめりか物語」(JAL/78年)、円広志「夢想花」(JAL/78年)、サーカス「アメリカン・フィーリング」(JAL/79年)・・・と続く。
JALはヤマハ主催の「世界歌謡祭」や「ポピュラーソングコンテスト」の後援社でもあったため、ツイスト「LOVE SONG」(80年)、八神純子「パープルタウン〜You Oughta Know By Now〜」(80年)、「サマーインサマー~想い出は、素肌に焼いて~」(82年)、石川優子「シンデレラ サマー」(81年)、石川優子&チャゲ「ふたりの愛ランド」(84年)、TOM☆CAT「サマータイム グラフィティ」(85年)、チャゲ&飛鳥「SAILOR MAN」(87年)・・・とポプコン出身アーティストの起用が続き、その多くがトップ10入りするヒットを記録。対するANAはティナ「シャイニング・スカイ」(78年)、小林みちひろ「君よ大空へ」(80年)、白鳥座「心にスニーカーをはいて」(82年)等を起用するも、なかなかヒットが出ない状況であった。
・・・と、かなり前置きが長くなったが、そこで山下達郎の登場である。83年、沖縄に万座ビーチホテル(現ANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾート)を開業したANAは、4月から展開する「全日空リゾートピア沖縄キャンペーン」のイメージソングに山下の「高気圧ガール」を採用。同年6月発売のアルバム『Melodies』の先行シングルとして4月23日にリリースされた同作は、オリコン17位まで上昇し、ANAに待望の初ヒットをもたらした。当の山下は「ポリリズムやコード進行などに凝っていた時代の、典型的山下達郎サウンドです。イントロをアカペラとパーカッションでスタートするアイデアはずっと前から持っていましたが、実際に試みたのはこの曲が最初です」(95年『TREASURES』ライナーノーツ)と述懐。曲中の溜息の主が竹内まりやであることも明かしているが、全編リゾート感に満ちたこの曲は、ビーチでビキニの水着を着用する“高気圧ガール”の鮮烈な映像もあいまって、80年代の「夏だ、海だ、タツローだ!」のイメージを決定づける楽曲となった(ちなみに『Melodies』にはかの名作「クリスマス・イブ」も収録されており、夏路線からの脱却も図られている)。
一方、この年(83年)、旅客・貨物輸送の実績で世界一になったJALは「沖縄キャンペーン」のイメージソングに、シティポップ界の貴公子・山本達彦の「MY MARINE MARILYN」を起用。奇しくも“ヤマタツ”同士の対決となり話題を呼ぶが、「MY MARINE~」はオリコン最高44位だったため、初めてANAが勝利する。以後、ANAはALFEE「風曜日、君をつれて」(86年)、渡辺美里「Teenage Walk」(86年)、山下達郎「踊ろよ、フィッシュ」(87年)などのヒット曲を次々と送り出すが、その端緒となったのが「高気圧ガール」といえるだろう。
余談だが、山下達郎は79年にJALの沖縄キャンペーンソングとして「愛を描いて-LET’S KISS THE SUN-」もリリースしている。競合企業のイメージソングをわずか4年の間に両方手がけたことも、当時としては極めて異例のことであった。
山下達郎「高気圧ガール」『Melodies』「踊ろよ、フィッシュ」「愛を描いて-LET’S KISS THE SUN-」山本達彦「MY MARINE MARILYN」円広志「夢想花」石川優子&チャゲ「ふたりの愛ランド」ジャケット撮影協力:鈴木啓之
≪著者略歴≫
濱口英樹(はまぐち・ひでき):フリーライター、プランナー、歌謡曲愛好家。現在は隔月誌『昭和40年男』(クレタ)や月刊誌『EX大衆』(双葉社)に寄稿するかたわら、FMおだわら『午前0時の歌謡祭』(第3・第4日曜24~25時)に出演中。近著は『ヒットソングを創った男たち 歌謡曲黄金時代の仕掛人』(シンコーミュージック)、『作詞家・阿久悠の軌跡』(リットーミュージック)。
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