2019年08月21日
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2019年08月21日
70年代アイドルの先陣を切った南沙織のレパートリーの中でもとりわけ季節感に満ちたナンバー「色づく街」は秋を感じさせるアイドル・ポップスの傑作として、デビュー曲「17才」に並ぶ彼女の代表作との呼び声も高い。他の歌手にカヴァーされる機会も多く、公私ともに仲のいい麻丘めぐみが逸早くアルバムで歌ったのをはじめ、80年代には三田寛子、90年代には水野美紀がシングルでリリースしている。南自身もお気に入りの一曲に挙げており、3回目の出場となった『第24回NHK紅白歌合戦』のほか、特別出場した第42回のステージでも歌われた。1973年8月21日のリリースから本日で46年になる。
1971年春、まだ本土復帰前だった沖縄から母親と二人で上京した南沙織のために当時のCBS・ソニーでデビューに向けての特別プロジェクトが組織され、上京から僅か3ヶ月後の6月1日に“ソニーのシンシア”のキャッチフレーズで歌手デビューを果たした。酒井政利ディレクターの下、本人が唯一歌えると話していたリン・アンダーソンの「ローズ・ガーデン」に極めて近い雰囲気を持つデビュー曲「17才」が用意され、周囲の期待に応える歌唱を聴かせてくれた。既に決まりかけていた芸名“南 陽子”は作詞の有馬三恵子が「彼女のイメージは陽子じゃない。沙織とか沙良じゃないかしら」と異を唱えたことから“南沙織”に決まったのだという。南国から来た少女に詩心を大いに刺激された有馬が書き下ろした詞と、筒美京平の巧みなメロディが見事にマッチして生まれた「17才」はこの上ないデビュー曲となり、実際に50万枚を超える大ヒットとなる。
「17才」は当初「誰もいない海」というタイトルが考えられていたそうだが、酒井の発案で替えられた。1971年暮れの『第13回日本レコード大賞』の新人賞を受賞し、さらに大晦日の『第22回NHK紅白歌合戦』にも初出場を遂げる。同期の新人だった小柳ルミ子、天地真理と共に“新三人娘”と呼ばれ、トップ・アイドルの座についた南沙織は“シンシア”の愛称で親しまれた。「潮風のメロディ」「純潔」「傷つく世代」など青春の瑞々しさと危うさが表現された有馬×筒美による傑作群を次々にヒットさせ、9枚目のシングルとして1973年の晩夏に放たれたのが「色づく街」であった。アルバムでは洋楽ポップスも数多くレコーディングしていた彼女は幅広い層のファンに支えられ、そのすべてを満足させるような楽曲を毎回作り上げることは大変であったはず。その中でこんな傑作が生まれてしまうのは、どれだけ彼女を囲むスタッフが優秀なチームであったかが窺い知れる。
ファースト・アルバム『17才』との同時リリースとなったセカンド・シングル「潮風のメロディ」、デビュー以来のホテル暮らしでなかなか親しいともだちが出来ないと何気なく漏らした南の言葉をヒントに作られた「ともだち」、根拠なき記事でバッシングされた週刊誌報道への静かなる回答として出された「純潔」と快進撃が続いた後、「哀愁のページ」「早春の港」「傷つく世代」、さらに洋楽カヴァーの「カリフォルニアの青い空」を挟んで登場したのが「色づく街」で、カップリングの「秋の午後」とともに季節感がたっぷりと盛り込まれた有馬三恵子の詞が秀逸。歌詞に出てくる“青い枯葉”という表現を一部で揶揄する者もあったというが、現実にそれは存在しており、この曲の重要なキーワードであると酒井が後にコメントしたことで有馬の豊富なボキャブラリーと卓越したセンスが改めて証明されることとなった。シングル発売からちょうど1ヶ月後にリリースされた「色づく街」の収録アルバム『20才まえ』は南のアルバム中最高のセールスを記録する。帯には“10代の終末に感じること…… あなたに問いかける ヤングのテーマ”というキャッチコピーと共に、才能溢れる南沙織、筒美京平、有馬三恵子の3人の名前が大きくクレジットされていた。
南沙織「17才」「色づく街」写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト
≪著者略歴≫
鈴木啓之 (すずき・ひろゆき):アーカイヴァー。テレビ番組制作会社を経て、ライター&プロデュース業。主に昭和の音楽、テレビ、映画などについて執筆活動を手がける。著書に『東京レコード散歩』『王様のレコード』『昭和歌謡レコード大全』など。FMおだわら『ラジオ歌謡選抜』(毎週日曜23時~)に出演中。
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