2015年05月18日

カルメン・マキと山崎ハコ

執筆者:小川真一

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本日5月18日はカルメン・マキの誕生日。
アメリカの女性歌手アルバート・ハンターは<人生を三度生きた女>と呼ばれたが、さて、カルメン・マキはどれだけの音楽人生を送っているのだろうか。


寺山修司の「天井桟敷」の舞台に出ているところを、CBSソニーの酒井政利ディレクターに見初められ、69年に『時には母のない子のように』でデビュー、70年には『アダムとイヴ』という野心的なトータル・アルバムを発表する。70年を境にロックに目覚め、71年には竹田和夫率いるブルース・クリエイションと共に、ニュー・ロック色の濃厚な『カルメン・マキ&ブルース・クリエイション』をリリースする。


ここまででも、アングラ劇場の女優、紅白歌合戦にも出場した新人歌手、新進気鋭のロック・ヴォーカリストとしての道を歩んだのだが、ここからがカルメン・マキの本領であったともいえる。72年に、春日博文、鳴瀬喜博らを誘い「カルメン・マキ&OZ」を結成。シングル『午前一時のスケッチ』で堂々たるデビューを飾ることとなるのだ。



ファースト・アルバムの『カルメン・マキ&OZ』には、名曲『私は風』が収録されているが、日本の女性ロック・ヴォーカリストのアンセムであり、SHOW-YAの寺田恵子など、この曲を聴いてロックを目指したミュージシャンも多い。OZ解散後は、BB&Aのカーマイン・アピスにプロデュースを任せたソロ・アルバムを出したり、LAFF〜5Xとリーダー・バンドで活動を続けていった。


ここで止まれば<過去の人>で終わってしまうのだが、現在の活動こそがまた素晴らしい。共演しているミュージシャンを書くと、鬼怒無月、桜井芳樹、太田恵資、勝井祐二、松永孝義、芳垣安洋、林栄一、板橋文夫、渋谷毅など。ロックからジャズまで、ジャンルの壁を超越した音楽家を数多く引きつけている。この磁場こそがカルメン・マキであるのだ。彼女はこれからも、どれだけの人生を送っていくのであろうか。


そして、5月18日は山崎ハコの誕生日でもある。
70年代は、「森田童子」、「中山ラビ」などの個性的な女性シンガー・ソングライターを生んだが、その中でも強烈な個を放っていたのが「山崎ハコ」であった。


75年のデビュー作『飛・び・ま・す』にしても、『綱渡り』『藍色の詩』『人間まがい』といった初期の名作にしても、どこか土着的で、かつ、執拗なほどの物語性をはらんでいた。そこに心を揺さぶられたのだと思う。自身の心情を赤裸々に歌い上げるのがシンガー・ソングライターだ。もちろんそれが全てフィクションであるとは思わないが、何かが彼女の中に染みついている。それはある意味で、日本的なるものの巫女としてなのかもしれない。


個人的には、神代辰巳が監督し原田美枝子が主演した映画『地獄』の主題歌『心だけ愛して』の印象が強い。こんな歌をうたえるのは、山崎ハコをおいて他にいない。と当時に『気分を変えて』での、ふっきれた無常観も、また彼女であるのだ。


病気や事務所問題など、過酷な現実とも直面している。いわば裸一貫で、歌にしがみついていたと言ってもいいだろう。その結果がデビュー40周年だ。公私どもどもでのパートナーである安田裕美に支えられた今こそが、山崎ハコの一番美しい季節ではないだろうか。

「時には母のない子のように」「アダムとイヴ」カルメンマキ 写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト

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カルメン・マキ

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