2015年11月20日

44年前の今日、はっぴいえんどの名盤『風街ろまん』がリリース

執筆者:北中正和

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もはや

愛することさえ難しい

この都市の

風景の中で

素敵な風に変身した

はっぴいえんどの

抒情が

限りなく痛む君の

傷口を貫く


引用したのは、はっぴいえんどの『風街ろまん』が発表されたとき、レコードの帯の上のほうに、この行分けどおりに書かれていた言葉だ。ぼくの持っている他のアナログ盤やCDにはこの言葉がないが、最近のCDではどうなのだろう。少し気負った言葉と、デビュー・アルバムにくらべて格段にポップな感覚を強めつつあった『風街ろまん』の音楽との距離が、いまとなっては、彼らが駆け抜けた時代の変化の速さを物語っているように思える。

この帯にはもうひとつ遊びがある。引用した言葉の下にメンバーの名前、グループ名、アルバム・タイトル、曲目が並んでいるが、いちばん下に小さな文字で2行、こう書いてある。 


(注意)レコードをお買上げの後はただちにこ

の”タスキ”を破って捨てて下さい。


「この」が途中で切れるところが不思議だが、もしかしたら、彼らの歌の実験のように、言葉の区切りをわざと変えて書いたのだろうか。と、はっぴいえんどは、そんなことまで考えさせるようなバンドだった。


このように言われなくても、レコードの帯は破れやすくて捨ててしまう人が多い。ぼくの帯も下の部分が破れているが、捨てずにとっておいたから、こんな原稿を書いていられるわけだ。


”タスキ”付き『風街ろまん』写真提供:飲兵衛猿さん & G.Gさん
※画像をクリックすると”タスキ”が別フレームで表示されます。

『風街ろまん』がはっぴいえんどの傑作というのは、衆目の一致するところである。メンバーがいろんなところで語っている話によると、このアルバムのレコーディングのときは、松本隆の歌詞が先に書かれ、大滝詠一、鈴木茂、細野晴臣がそれぞれ曲をつけた。

それに対して、デビュー・アルバムのときは曲が先にできていたものもあった。そのちがいが歌作りにどう影響するかといえば、あくまでも一般論としてだが、歌詞が先にある方が、曲を作る人は言葉のイントネーションを意識する度合いが高まる。


デビュー・アルバムと『風街ろまん』を聞きくらべて、後者の歌のほうが圧倒的に耳になじみやすく感じられる理由は、メンバーの曲作りの腕が上がったからなのはもちろん、歌詞が先だったことにもよるのではないかと思う。


「抱きしめたい」「風をあつめて」「花いちもんめ」など、このアルバムで発表された歌の多くは、いまではスタンダードとしてうたいつがれている。作詞を大滝詠一が手がけた「颱風」のようにノヴェルティ・ソングの名作もある。


若い人は、マニアでもないかぎり、このアルバムの発表前に彼らの歌詞をめぐって論争が起こっていたことや、インディーズからの発売だったので、知る人ぞ知る存在にとどまっていたことなど、彼らをめぐる当時の物語についてはほとんど何も知らない。

そして、先入観なしにこの音楽を聞いて、時の変化の中で大事なものが失われていくことのせつなさや、それを記憶にとどめようとする強い意志を感じているのだろう。曲が時代をこえてスタンダード化するというのは、そういうことなのだ。


4人そろった顔ぶれで『風街ろまん』の全曲をいつかもう一度聞いてみたいという願いが叶わない夢と化したのは残念でならない。しかしこれからも秋の高い青空を見上げるたびに、ぼくはこのアルバムをすりきれるほど聞いた日々のことを思い出すだろう。

風街ろまん

はっぴいえんどマスターピース

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