2016年04月06日

生きてる限りはどこまでも~憂国の士・川内康範

執筆者:鈴木啓之

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情念深い男女の恋愛を描いた歌謡曲の作詞に才能を揮い、作家、脚本家、政治評論家など多くの顔を持って活躍した川内康範。晩年は「おふくろさん」騒動などという、たわい無い小事件でマスコミを賑わすことになってしまったが、昭和30~40年代を中心に、映画界、テレビ界、歌謡界に及ぼした功績は計り知れない。間違いなく戦後を彩った文化人として歴史に残る人物である。類い稀に見る、一本筋の通った正義の人は、函館に生まれ、青森に没した。享年88であった。


川内は1920(大正9)年生まれ。日蓮宗の寺の息子として生まれたところにまずその作家性のルーツがあるとおぼしい。独学で勉強したという文学の才能が開花するのはまだ少し後のことで、様々な職業を転々とした後、41年に東宝演劇部に入社して脚本家デビューを果たすも、活躍の場は戦争によって一時阻まれてしまう。召集を受けて横須賀海兵団に入団した氏であったが、病気のため除隊したことで一命をとりとめた。しかしそのことで戦友の死を見ながら自分だけが生き残ったことに対する贖罪意識が芽生え、戦後の10年間、戦没者の遺骨引揚運動を行なっている。並行して、映画の原作・脚本を数多く手がけるようになるのは50年代半ば頃から。森繁久彌や柳家金語楼が主演した喜劇作品などに健筆を揮い、厳格な人柄の一方で元来持ち合わせたユーモア精神も存分に披露している。


その中で世間から注目を浴びることとなったのは、やはり連続テレビ映画『月光仮面』であろう。58年に原作・脚本を担当した特撮ヒーロー黎明期の作品は少年たちに大人気を博して、社会的なブームを呼ぶこととなった。加えて有名な主題歌の作詞も担当したことが、以降の作詞家としての活躍を促すきっかけとなる。憂国の士である川内の正義感は、その後もテレビのヒーローものに具象化され、続いて『七色仮面』や『アラーの使者』、少し時代を下って、『愛の戦士 レインボーマン』『光の戦士 ダイヤモンド・アイ』『正義のシンボル コンドールマン』の三部作へと行き着く。それぞれの主題歌・挿入歌の作詞はもちろん川内自身によるもの。殊に、汚れた日本人の心が産み出した悪の軍団と戦う『コンドールマン』の主題歌には、社会悪を憎む川内の精神が表現されて秀でている。“ゼニクレージー”や“ヘドロンガー”といった怪人にも身勝手な人間たちへの痛烈な批判が見え隠れして痛快だ。一方で、川内の限りない慈しみの心が示されたのが、アニメ『まんが日本昔ばなし』であった。


歌謡曲の作詞の仕事の嚆矢となったのは、60年の「誰よりも君を愛す」で、松尾和子、和田弘とマヒナ・スターズが歌って第2回日本レコード大賞を受賞する。「月刊明星」に連載された小説をモチーフにレコードが出され、ヒットを受けて映画化もされた。この歌の松尾パートにある、愛した時から苦しみが始まるという一節こそ、恋愛に対する川内の不変の持論であり、その後も続々と生みだされる傑作群に一貫したテーマであると察せられる。男と女の深い情念が描かれた詞は川内にしか表現し得ない独特な世界観に包まれ、聴く者に強烈な印象を残す。個性的な言葉のセンスが頂点に達したのが、66年に大ヒットした、城卓矢「骨まで愛して」である。事故死した遺体に縋りつく遺族の姿が発想の源にされたという衝撃的なエピソードもある入魂の一曲は、城が前の名前である菊地正夫から改名しての心機一転の再デビュー作であり、親戚にあたる川内が妻・和子名義で作詞。作曲の文れいじも、城の実兄・北原じゅんのペンネームであった。ちなみに北原じゅんは、『レインボーマン』の主題歌や、八代亜紀「愛ひとすじ」などでも川内とコンビを組んでいる。


ほかにも、水原弘のカムバック作となった「君こそわが命」、園まり「愛は惜しみなく」(共に67年)、森進一「花と蝶」(68年)、内山田洋とクール・ファイブ「逢わずに愛して」などヒット曲を連発する中で、その発掘と売出しに川内が奔走した歌手に青江三奈がいる。クラブ歌手だった彼女を見出してメジャーデビューさせ、スターへと育て上げた。命名も川内によるもの。デビュー曲「恍惚のブルース」をはじめ、「ブルー・ブルース」「眠られぬ夜のブルース」「夜の紅花」「この恋なくしたら」と続き、ミリオン・ヒットを記録して青江の代表作となった「伊勢佐木町ブルース」もまた川内の作詞によるものであった。この曲の最大の特徴といえるイントロのため息も、川内の発案であったという。デビュー曲「恍惚のブルース」の“恍惚”という言葉は、川内による同名の小説が「週刊現代」に連載されて話題を呼び、曲のヒットにより一種の流行語となった。シングル盤の初回プレス分は、ピンク地のレーベルにオレンジ色の“恍惚”の文字が刷られた特別仕様となっている。昭和のレコード・コレクターにはぜひとも手元に置いていただきたい逸品である。

おふくろさんよ 語り継ぎたい日本人のこころ 川内 康範

川内康範

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