2017年02月03日

本日2月3日は、音楽界の“ラスト・サムライ” 喜多嶋修の誕生日。

執筆者:中村俊夫

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本日2月3日は、60年代に「真冬の帰り道」のヒットで知られるザ・ランチャーズで活躍し、70年代初頭に米国に移住してからは、伝統的な和楽器と西洋音楽との“異種交配”の先駆者としてニューエイジ・ミュージック・シーンで世界的名声を獲得した喜多嶋修の誕生日。68歳になる。1949(昭和24)年2月3日、神奈川県茅ヶ崎市に生まれた彼は、幼い頃よりピアノのレッスンを始め、中学生でクラシック・ギターをマスター。高校生の時にベンチャーズを聴いたことがきっかけとなりエレキ・ギターに熱中して、兄の瑛(ドラムス)と共に従兄弟である加山雄三のバック・バンド「ザ・ランチャーズ」にギタリストとして参加する。


日本中に「テケテケテケ…」が鳴り響いた空前のエレキ・ブームの真っ只中、映画『エレキの若大将』で脚光を浴びた加山は、66年にリリースした『恋は紅いバラ~Exciting Sound Of Yuzo Kayama And The Launchers』『加山雄三のすべて~ザ・ランチャーズとともに』といったアルバムで、自作のエレキ・インスト作品を披露。それらのレコーディングには、まだ高校生だった喜多嶋が常に参加し、ギターを弾くだけではなく、アレンジやサウンド作りにも積極的にアイディアを提供していた。スタジオ・ワークの基本を学んだのも、こうした加山とのレコーディング・セッションを通してであり、十代で音楽制作の現場を体験できたことが、その後のキャリアに役立ったことは、言うまでもない。


67年4月、慶應大学商学部に入学後は、兄や大学のクラスメイト渡辺有三らと共に第3期ランチャーズを編成し、加山から独立した活動もスタート。同年11月に「真冬の帰り道」でデビューする。ランチャーズ時代の活躍ぶりについては、『大人のミュージックカレンダー』2015年11月5日掲載の拙著コラムをお読みいただくこととして、今回はランチャーズ解散後の喜多嶋の活動について記してみたい。


ランチャーズ時代から日本の録音技術に不満を抱いていた喜多嶋は、本場のレコーディング現場を体験したいと思い、1969年に単身渡英。たまたまロンドンのモーガン・スタジオにアポ無しで尋ねたところ、幸運にもデビュー・アルバムを制作中のキング・クリムゾンと遭遇し、彼らのレコーディングの模様を見学できただけでなく、スタジオのエンジニアから最新機材の説明や録音テクニックを伝授される。そのすべてを記録したノートを日本に持ち帰り、当時東芝レコードのエンジニアだった吉野金次と共に夜毎スタジオでノートの記述をもとに研究・実験を繰り返した成果が、71年6月に「ジャスティン・ヒースクリフ」の変名でリリースした初ソロ・アルバムだったのである。


その後、再度ロンドンを訪れ現地のミュージシャンたちと交流を重ねていくうちに、日本人としてのアイデンティティに目覚めていき、72年に帰国後、平山眠水・万佐子親娘に師事し、薩摩琵琶の修業を開始。幼少期から馴染み親しんだ西洋音楽と、自分の体内に流れる血のルーツとも言うべき日本古来の音楽との融合を模索していく。それを最初に作品として完成させたのがアルバム『弁才天』で、のちに喜多嶋の世界デビュー作としてアイランド・レーベルからリリース(76年)され、センセーションを巻き起こすのである。


1974年、3年前に結婚した妻(元女優の内藤洋子)と共に米国に移住後は、LAを拠点にグローバルな音楽活動を展開。70年代末期~現在までに20作を超えるリーダー・アルバムを発表し、中でも4thアルバム『竜王』(79年)は全米ジャズ・チャート第25位にランクされ、84年のアルバム『Face To Face』はLAジャズ・チャート第1位に輝いた。88年のアルバム『California Roll』はビルボード誌ニューエイジ・チャート第25位まで上り、80年代後半から台頭し始めたニューエイジ/ヒーリング・ミュージックの第一人者として「Osamu Kitajima」の名前は世界的に脚光を浴びていった。


40年以上も前から“East meets West”を標榜した音楽活動を国際的な場で展開してきた喜多嶋修。時代のトレンドに流されることなく、その日本人としての高い精神性と孤高のスタンスを持続しての活躍ぶりは、まさに音楽界の“ラスト・サムライ”と呼ぶにふさわしいのではないだろうか。

≪著者略歴≫

中村俊夫(なかむら・としお):1954年東京都生まれ。音楽企画制作者/音楽著述家。駒澤大学経営学部卒。音楽雑誌編集者、レコード・ディレクターを経て、90年代からGS、日本ロック、昭和歌謡等のCD復刻制作監修を多数手がける。共著に『みんなGSが好きだった』(主婦と生活社)、『ミカのチャンス・ミーティング』(宝島社)、『日本ロック大系』(白夜書房)、『歌謡曲だよ、人生は』(シンコー・ミュージック)など。

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