2018年01月15日

男性デュオの草分け、ビリー・バンバンが49年前の本日「白いブランコ」でデビュー

執筆者:濱口英樹

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安室奈美恵と桑田佳祐の特別出演など、何かと話題を集めた2017年のNHK紅白歌合戦。注目の舞台で大トリを務めたのはポップデュオ、ゆずであった。デビュー20年で初の大役だったが、その紅白歌合戦に初めて登場した男性デュオこそ、ビリー・バンバンなのである。


近年はコブクロ、KinKi Kids、CHESMITRYなど、一線で活躍する男性デュオは数多いが、彼ら以前は皆無と言ってもいい状況。女性デュオではザ・ピーナッツ、こまどり姉妹、じゅん&ネネ、男女デュエットではヒデとロザンナなどが活躍し、欧米に目をやれば、エヴァリー・ブラザースやライチャス・ブラザース、サイモン&ガーファンクルなど、あまたの男性デュオがヒットを連発していたにも関わらず、わが国ではなぜか成功例がなかったのだ。


その状況に風穴を開けたビリー・バンバンは、菅原孝(1944年生まれ)・進(47年生まれ)兄弟によるフォークデュオとして、今から49年前の69年1月15日に「白いブランコ」でデビュー。その3年後に発表した「さよならをするために」がオリコン1位を獲得する大ヒットとなったことで、72年の紅白歌合戦に初出場を果たす。彼らの9ヶ月後にデビューしたブレッド&バターや、その後の狩人、キリンジ、平川地一丁目に連なる兄弟デュオの先駆けといってもいいだろう。


公務員の家庭に生まれ、東京・吉祥寺の都営住宅で育った孝と進は、3人兄弟の次男と三男。若い頃に歌のコンクールで優勝したこともある母親の影響もあって、弟の進は幼稚園時代からウィーン少年合唱団ばりのボーイソプラノで歌っていた。2人とも小学生のときにピアノ教室に通い始めるが、当時、ピアノの世帯普及率は1%程度。音楽に理解のある家庭環境が、ビリー・バンバンの音楽的基盤を創ったといえるだろう。孝は成蹊中学に進学すると野球部に所属するが、同時期にギターも開始する。一方、兄以上に音楽にのめり込んでいた進は日大二中の吹奏楽部に入り、日夜アメリカンポップスを聴いていた。その頃からミュージシャンを志していたというから、筋金入りの音楽少年だったわけだ。やがて日大二高に進学した進は3人の仲間(うち1人は中野光雄、のちの“せんだみつお”である)とバンドを結成、ビートルズの楽曲などをコピーして頭角を現していく。


大きな転機は孝が大学2年、進が高校2年のときに訪れた。父親のツテで、当時、作詞家・作曲家として注目され始めていた浜口庫之助に師事することになったのだ。のちに、渚ゆう子や辺見マリ、にしきのあきらなど、多くのスター歌手を輩出する浜口門下だが、孝と進は最初期の弟子にあたる。レッスンは浜口の自宅で行われていたが、この頃より兄の孝もプロを目指すようになる。浜口邸は当初、東京・世田谷にあったが、程なくして、渋谷区代官山に移転、大邸宅の庭には真赤なバラ(浜口が作詞・作曲を手がけた「バラが咲いた」はここから着想を得たのであろう)と白いブランコがあったという。・・・と、ここまで書けばもうお分かりだろう。そう、そのブランコに座って、作曲クラスを選択していた進が初めて作曲したのが「白いブランコ」だったのである。後年、進は「何も考えずにメロディが生まれた」と述懐しているが、そのメロディに詞をつけたのは、作詞クラスにいた小平なほみであった。


1966年、青山学院大学に進学した進は、高校時代のバンドメンバーと「ビリー・バンバン」という名前で活動を開始する。ちなみにこのユニークなバンド名は、アメリカ開拓時代の英雄、ビリー・ザ・キッドが二丁拳銃でバンバン撃ちまくるアニメ番組から命名されたもの。実力派の彼らは忽ちジャックス(早川義夫、木田高介、水橋春夫らが在籍)、キャッスル&ゲイツ(町田義人らが在籍)と並ぶ人気バンドに成長するが、やがてメンバーを交代して、孝・進・せんだみつおの3人編成、さらにデビューにあたっては孝・進のデュオ編成となる。「白いブランコ」はバンド時代からレパートリーとして披露されており、ニッポン放送『バイタリス・フォーク・ビレッジ』の“今月の歌”に選ばれるなど、デビュー前から高い評価を受けていた。


レコード化すればヒット間違いなし、と思われていた「白いブランコ」だが、リリースまでには若干の紆余曲折があった。というのも、当時は“シンガーソングライター”という言葉がない時代。新人が自作曲で世に出ることはまず有り得なかったのだ(前例としてあったのは荒木一郎と一部GSバンドくらいだろう)。キングレコードの洋楽レーベル“SEVEN SEAS”からデビューが決まっていた彼らも例外ではなく、当初は恩師・浜口庫之助が書き下ろした「星空のハプニング」がA面で、「白いブランコ」はB面の予定だったという。最終的には発売直前にAB面が入れ替わるのだが、その英断が功を奏し「白いブランコ」はオリコン最高15位、20万枚を超えるヒットを記録、ビリー・バンバンの名は一躍全国区となった。


その後も「恋の花うらない」(69年)や「れんげ草」(72年)などのTOP20ヒットを放った2人は76年にコンビを解消。ソロ活動に転じた孝は司会者として活躍、進はシンガーソングライターとして「琥珀色の日々」(81年)をヒットさせている。ファンの要請を受けて84年に再結成してからは、坂本冬美がカバーした「また君に恋してる」(2010年)がロングセールスを記録したことが記憶に新しいが、2014年には孝が脳出血で倒れるという試練にも見舞われた。懸命のリハビリによって、翌年には奇跡的な復帰を果たすが、その陰には「白いブランコ」をもう一度2人で歌いたいという、兄弟の強い絆があったという。



「白いブランコ」撮影協力:鈴木啓之


≪著者略歴≫

濱口英樹(はまぐち・ひでき):フリーライター、プランナー、歌謡曲愛好家。現在は隔月誌『昭和40年男』(クレタ)や月刊誌『EX大衆』(双葉社)に寄稿するかたわら、FMおだわら『午前0時の歌謡祭』(第3・第4日曜24~25時)に出演中。近著は『作詞家・阿久悠の軌跡』(リットーミュージック)。

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