2018年05月14日

1984年5月14日、チェッカーズがオリコンのベスト10に3曲同時ランクイン

執筆者:馬飼野元宏

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1984年5月14日、チェッカーズがオリコン・シングル・チャートで3曲同時にベスト10内にランクインを果たした。デビュー曲「ギザギザハートの子守唄」が9位、2曲目の「涙のリクエスト」が6位、そして3曲目「哀しくてジェラシー」が1位と「同一アーティストの3曲同時ベスト10 入り」はオリコン史上初である。


3曲同時ベストテン入りとまではいかないが、過去にもこういうケースはいくつか存在した。例えば77年10月デビューの原田真二はデビュー曲「てぃーんずぶるーす」、2曲目の「キャンディ」、3曲目の「シャドーボクサー」がほぼ同時にチャートを駆け上がった記録があるが、これは原田がデビュー以来3か月連続でシングルを発表し、デビュー曲の勢いで続く2曲も売れたのである。これは当時原田が所属していたアミューズの大里洋吉社長(当時)の話題性を狙った戦略によるもので、同じ形で80年に同社所属のサザンオールスターズが5か月連続でシングルをリリースする「FIVE ROCK SHOW」という奇策を編み出した。残念ながらこちらはヒットにバラツキがあり成功したとは言い難い。

ほかには81年に寺尾聰が「ルビーの指輪」「シャドー・シティ」「出航」の3曲をほぼ同時にヒットさせている。この場合は、「ルビーの指輪」の大ヒットに引っ張られる形で他の2曲も好セールスを記録したのであった。



チェッカーズの場合はこれらとやや異なり、まずデビュー曲の「ギザギザハートの子守唄」は、リリースした時点ではほとんどヒットしなかったのである。彼らがブレイクしたのは2作目「涙のリクエスト」で、この曲でチェッカーズ人気が沸騰しはじめ、あまり注目されていなかったデビュー曲にもスポットが当たり、さらに「涙のリクエスト」が大ヒットしている最中に3作目「哀しくてジェラシー」が発売されたことで、3曲が相乗効果を発揮しての「同時ベストテン入り」となったのである。


チェッカーズは1980年に福岡県久留米市で結成。翌年にはヤマハ主催のライトミュージックコンテストジュニア部門で最優秀賞を受賞。まだ高校生だった徳永善也と藤井尚之の高校卒業を待ってのデビューとなり、83年に上京。同年9月21日に「ギザギザハートの子守唄」でデビューした。

キャニオン・レコードの担当ディレクター吉田就彦は、同じ福岡の出身で、陣内孝則という圧倒的な個性を誇るヴォーカリストを擁しながらもセールス的には空振りに終わったザ・ロッカーズを目の当たりにしたこともあり、チェッカーズにはプロジェクトチームを結成して、戦略的な売り出しを念入りに考えた。ビジュアル面はエディターの秋山道男が中心となり、お揃いのチェックの衣装や、ヴォーカル藤井郁弥の前髪を垂らした独特のヘアスタイルなど、通常のロックバンドとは異なるアイドル的な売り出し方を狙っていた。楽曲面では作詞家の売野雅勇と作曲家の芹澤廣明がコンビを組んで楽曲制作を行った。売野と芹澤は、82年に中森明菜の「少女A」をヒットさせた気鋭のソングライター・コンビであった。

だが、デビュー曲「ギザギザハートの子守唄」は康珍化の作詞、芹澤の作曲である。これは元々JACの若手俳優用に作られた楽曲で、没になり宙に浮いていたところ、チェッカーズのデビュー用にと芹澤が引っ張り出してきたのである。サウンド的にはニューウェーヴ色があり、ネオロカビリー的なノリも感じさせるが、七五調で構成された歌詞の意図的なアナクロ具合が何とも言えぬミスマッチ感を引き出している。実際、郁弥はこの曲を聴いて「小林旭の歌みたい」と言ったそうである。


実は、2作目の「涙のリクエスト」、3作目「哀しくてジェラシー」、4作目「星屑のステージ」までの楽曲は、デビュー前に完成されていた。そして「涙のリクエスト」は当初のデビュー曲候補だった「恋のレッツダンス」のB面に収められる予定だったが、発売前にライブハウスで演奏した際、他の曲とは違う手ごたえがあり、異様なほどの盛り上がりを見せ、スタッフは「この曲は当たる」と確信したそうである。メジャー・コードのシンプルなロックンロール・スタイルに、映画『アメリカン・グラフィティ』をイメージして書いたというアメリカの不良の青春といった歌詞。そして、何よりヴォーカル藤井郁弥の魅力と個性はこの曲で明確に現れている。日本語を正確に伝える発声の良さと、中音域から高域にかけ伸びやかに広がる声質、Bメロで一瞬、ファルセットになる際のセクシーな歌声など、ロックンロールへのノリの良さと、抜群のアイドル性を兼ね備えた天性のヴォーカリストとしての資質が全面開花しているのだ。


そして、初のオリコン・チャート1位を獲得しながらも、その後キャリアの中では地味な印象になってしまった3作目「哀しくてジェラシー」だが、リリース当時はブルーの衣裳とシャンプーハットが人気となった。マイナー・コードのオールドスクールなロックンロールである。

アマチュア時代の彼らのレパートリーにはオールディーズが数多く含まれており、コースターズのようなドゥー・ワップ系グループや、シャ・ナ・ナのようなロックンロール・バンドをお手本にしていた。何よりメンバーはシャネルズのようなスタイルでのデビューを想定していたそうだが、意に反してアイドル売りとなり困惑したと後に語っている。ビジュアル面ではアイドル的であったが、音楽的にはもともとの持ち味でもあるシャネルズ流のドゥー・ワップ+ロックンロール・スタイルを初めて表現できたのが「哀しくてジェラシー」だったのである。


ちなみに彼らの地元・久留米はアマチュアのロックンロール・バンドによるダンパが盛んな土地柄で、その中でもチェッカーズは一番人気だったという。チェッカーズの登場は日本のポップ・シーンに衝撃を与えたが、その突出した個性は福岡県、ことに久留米独特の音楽的土壌が強く影響しているようだ。初期チェッカーズの最大の魅力は、シンプルかつストレートなロックンロールの、80年代型進化形であり、それが全国区に成り得るパワーを秘めていたことが、この3曲同時ランクインで証明されたのであった。

チェッカーズ「ギザギザハートの子守唄」「涙のリクエスト」「哀しくてジェラシー」原田真二「てぃーんずぶるーす」寺尾聰「ルビーの指輪」ジャケット撮影協力:鈴木啓之


≪著者略歴≫

馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。近著に『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック)がある。

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