2018年05月11日
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2018年05月11日
5月11日は、シンガー・ソングライター久保田早紀の誕生日。彼女は1958年の同日、東京都国立市に生まれた。
「元・久保田早紀と必ず『元』をつけてくださいね。私はもう『久保田早紀』を引退したのですから」。新聞社のインタビューで彼女はこう答えている。現在は「久米小百合」としてキリスト教の教会音楽家、音楽宣教師として音楽活動を行っており、「久保田早紀」の名前は自身としては封印したともとれる、そんなニュアンスの発言だ。だが、ここでは「久保田早紀」時代の音楽活動を紹介するため、この名前を敢えて用いることにしたいと思う。
4歳からクラシック・ピアノを習い始め、13歳で八王子市に引っ越す。当時人気だったガロのコピー・バンドにキーボードで誘われるなど、彼女の音楽活動はこの頃から盛んになった。八王子出身の荒井由実、あるいは矢野顕子といったピアノ弾き語りの女性シンガー・ソングライターに憧れ、その一方で父親が仕事でよくイランを訪れ、現地の女性アーティストのカセットを買ってきてくれたという。そういった中近東系の音楽を日常的に耳にしているうち、彼女の中に独自の世界観が形成されていった。
78年に『ミス・セブンティーンコンテスト』出場のため自身のデモテープをCBSソニーに送り応募、これがきっかけで同社の金子文枝ディレクターと出会い、自作曲を書き溜めつつレッスンに通った。その中の1曲である「白い朝」に三洋電機のタイアップが付き、歌手デビューが決まる。
「白い朝」はもともと八王子から市ヶ谷のソニーに通う中央線の車中で、国立駅近辺の空き地で遊ぶ子供たちの姿を見て詞を思いついたそうだが、三洋電機のカラーテレビのCM映像はアフガニスタンで撮影され異国情緒を強調したものであったことから、アレンジは大幅にエスニック要素を加えたものになった。編曲の萩田光雄はイントロだけ2通りのアレンジを書き、どちらにするかをディレクター判断で決めてもらったという。1つは地味なアレンジ、もう1つが現在まで知られる、あの異国情緒溢れるアレンジであった。結果、後者の派手なアレンジに決定し、プロデューサー酒井政利の提案でタイトルは「異邦人」に変えられ、「シルクロードのテーマ」とサブタイトルが付けられて、79年10月1日にリリースされた。酒井政利は同年にジュディ・オング「魅せられて」を大ヒットさせており、いわゆるエスニック歌謡のブームを決定づけた人物でもある。
「異邦人」は、オリコン・シングル・チャート週間1位はもちろん、年間2位となるミリオンセラー超えの爆発的ヒットとなった。この思いもよらない大ヒットが、のちのち久保田早紀のキャリアに重荷となってのしかかるのだが、この時はまだ、世間も業界的にも、彗星の如く現れた女性シンガー・ソングライターが奏でるエスニックで神秘的な世界に目と耳を奪われるばかりであった。ちょうどその5年前、「あなた」でデビューした小坂明子の登場時と同様のインパクトがあったのである。
だが、本来「異邦人」は「白い朝」であったことを考えると、久保田早紀のメロディーそのものにエスニック要素があるわけではない。ファースト・アルバム『夢がたり』は、彼女の神秘性と浮遊性を湛えたメロディーと詞の世界に、萩田光雄が様々なアレンジを施し、世界観を統一させているのがわかる。マーチ風にアレンジされた「帰郷」や、レッド・ツェッペリン「移民の歌」風のリズム・パターン(竹内まりやの「プラスティック・ラブ」も同様)を用いた「サラーム」、カスタネットが軽快に響くタンゴ調で始まり、半音使いを強調してエキゾチズムを強めた「幻想旅行」など、彼女独自のメロディー・ラインを生かすサウンド面の工夫がみられる。ことにギターとピアノのアルペジオが寂寥感を奏でる「ギター弾きを見ませんか」は、曲想がタンゴやファドに顕著な「サウダージ」の感覚を呼び起こすものがある。
久保田早紀の曲想には浮遊感、神秘性、寂寥感に加え、内省的な少女の感性とロマ的な大陸放浪の感覚も強くみられる。この感覚は前者が荒井由実~松任谷由実の影響を感じさせつつ、後者は矢野顕子のもつ大陸的スケール感とも共通するものがある。セカンド・アルバム『天界』はさらにエスニック要素が強まり、中近東的な色彩に加えてアコギ2本のファド風「碧の館」やサンバのリズムに乗せたトロピカル風の「真珠諸島」、タンゴ調の「みせかけだけの優しさ」とバリエーションが加わっている。シングル第2弾として発表された「25時」やタイトル・チューン「天界」の2曲には、彼女独自の宇宙観と時間感覚、異文化への憧れが強く歌われている。「異邦人」と『夢がたり』の大ヒットの影に隠れあまり目立たないこれらの作品は、久保田早紀独自の世界をさらに深めた内容となっているのだ。
アルバム3作目『サウダーデ』はアナログ片面5曲でポルトガル録音を敢行。ファドのもつ「サウダージ」=懐かしさ、郷愁、憧れといった意味を併せ持つポルトガル語=の感覚は久保田早紀の世界に合うものであり、「異邦人」の再録を始め、ギターラと呼ばれるポルトガルギター2本にクラシック・ギター、ベースという編成が織りなす、弦楽器の美しい響きが、メロディーの哀愁と繊細さにマッチしている。ただ、彼女のヴォーカルにファディスタ的な要素は薄く、「アルファマの娘」など、詞のイメージをややファドに寄せすぎた曲もあるが、この時代、こういった世界観を歌にできるアーティストは久保田早紀を置いてほかにはなかったのである。
だが、このアルバムのB面、東京でレコーディングされた作品群は様相が異なっている。シングル化された「九月の色」は、太田裕美の「九月の雨」を思わせる北欧ディスコ風のサウンドで、歌謡曲的な色が付けられている。この方向性は翌年のシングル「オレンジ・エアメール・スペシャル」と同作を収録したアルバム『エアメール・スペシャル』でより顕著になる。「オレンジ・エアメール・スペシャル」はキリンオレンジのCMソングに起用されたが、これもまた前年の太田裕美「南風」に続くもので、キラキラと明るい西海岸サウンドとなっている。それまでのエスニック要素や虚構性は一気に薄まり、ことに前半はキャラが変わったのかと思うほどポップで明るい久保田早紀が歌われているのだ。この後にリリースされたアルバム未収録のシングル「レンズ・アイ」は男言葉で歌われており、そんなところも太田裕美的な世界を制作者側が踏襲したかのように思える。
この路線を推し進め、日常的な風景を歌うシティ・ポップ的なアプローチを見せていくのがアルバム『見知らぬ人でなく』。そして再び自身の宇宙観を、内省的な形で描いた『ネフェルティティ』と続く。セールス面では「異邦人」の頃のような派手さはなくなっていったが、ことに『ネフェルティティ』は東欧を舞台にした「ソフィア発」や古代エジプトを歌う表題曲、ボレロ風に展開される「砂の城」、プログレ風の「ジプシー」、トロピックな音色が印象深い「ジャワの東」など、若草恵のアレンジを得て、一種突き抜けた世界が広がり、ここに来てようやく彼女は「異邦人」の呪縛から逃れられたように思えた。そして、伴侶となる久米大作をアレンジに迎えたアルバム『夜の底は柔らかな幻』では、これまで彼女が歩んできた神秘性と日常性が、タイトル通り柔らかに、時にハードな打ち込みサウンドで融合されており、この盤を「久保田早紀の最高傑作」と呼ぶファンも多い。
久米小百合となった現在も、時折彼女はテレビやラジオ番組に出演し、当時のことを語る機会があり、教会を訪れる人々に請われ、「異邦人」を歌うこともあるそうだ。自身にとってはその名を捨てるほどに葬りたい過去であったが、ここ数年は「異邦人」と久保田早紀時代を多くの聴き手が大事にしてくれていることを、素直に嬉しいと感じられるようになったという。
久保田早紀が残した7枚のアルバムを聴くと、そこには豊かな感性とメロディー・メーカーとしての才能、そして「異邦人」の大ヒットとその呪縛に苦しめられながらも、自身の世界を追求していったアーティストとしての挟持をみることができるのだ。
久保田早紀「異邦人」『夢がたり』『天界』『夜のそこは柔らかな幻』写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト
≪著者略歴≫
馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。近著に『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック)がある。
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