2018年08月24日
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2018年08月24日
昔は祝日以外の「なんとかの日」は、母の日とか子供の日とか時の記念日とか、かぎられたものしかなかった。しかし最近は公的な記念日から語呂合わせで作られた日までとにかく多い。浄化槽の日や、かっぱえびせんの日があるの、知ってました?
8月24日が「愛酒の日」というのも、さっきはじめて教わった。歌人の若山牧水が酒を愛したことから、彼の誕生日にちなんで決められたという。誰が決めたのか、ネット検索してもわからなかったが、お酒のコラムではないので、スルーさせていただく。
お酒の歴史は古い。歌の歴史もたぶん同じくらい古い。古代中国の遺跡からは祭儀用の数多くの酒器が発掘されている。アテナイではディオニュソスをたたえるお祭りが行なわれていた。儀式にはもちろん酒と音楽がつきものだ。それはポピュラー音楽にも受け継がれ、酒にまつわる数多くの歌が作られている。
お酒をめぐる歌は、お酒の楽しさをたたえるものと、お酒に溺れて苦しむものに大別できる。とはいえ後者も酒の楽しみと無縁というわけではない。たとえばスタンダードの「酒とバラの日々」などは、つかの間の楽しみがアルコール中毒に変わっていくつらさを前提にした歌だった。
酒飲みなら誰しも、水がお酒に変わればなあ、という願望を持ったことがあるだろう。養老の滝の水がお酒に変わるという話を子供のころ絵本で見たとき、ほんらいは親孝行をすすめるための教訓的な話だが、そんなことにまったく気づかず、思わず生唾を飲み込んだ記憶がある。どんな子供やねん。
古いカントリーの曲にチャーリー・プールの「イフ・ザ・リヴァー・ウォズ・ウィスキー」という曲がある。もし川がウィスキーで、俺がアヒルだったら、潜ったきり、浮かび上がってこなかっただろう、もし川がウィスキーで支流がワインだったら、俺が四六時中酒浴びしているのが見えただろう……とはじまる愉快な歌だ。たまりませんね。
ウィリー・ネルソンに「ウィスキー・リヴァー」という曲があることを知ったとき、これはてっきりチャーリー・プールの歌を参考にしたのだろうと思ったが、歌詞を読んでみるとそうではなく、恋人が去っていったので、酒を川のように飲み続けて、憂さを忘れる歌だった。うーむ。これは演歌の「なんとか酒」の世界に近い。
ロック・ファンだったらシン・リジーの「ウィスキー・イン・ザ・ジャー」を知っている人が多いだろう。90年代にはポーグスが、もっと近年ではメタリカやベル&セバスチャンも取り上げた曲だ。
もともと伝承アイリッシュ・フォークなので、とりあげる人によって歌詞はちがうが、酔っぱらって眠ってるうちに、入れ上げた女に通報された間抜けな強盗がいまは牢獄の中、という骨組みは共通している。アイルランドの民謡グループ、チーフタンズは日本に来るたびこの歌のウィスキーをサケに変えて、陽気にコーラスしている。
せつない歌ではキンクスの「アルコール」が忘れ難い。エリート街道を歩んでいた男が、プレッシャーから酒に溺れて落ちぶれる話が、哀愁味たっぷりうたわれる。ロンドンの下町のパブなら、どこにでもこういう人がいそうだ。ステージや新作制作のプレッシャーから逃れようとしてアルコール依存症になるロック・アーティストたちにとっては、この歌は他人事ではないだろう。女性とお酒で身を亡ぼす話や、みんなでほがらかにコーラスしやすいフレーズがあるところは、「ウィスキー・イン・ザ・ジャー」とも共通している。
中には酒の歌と知られずに世界的にヒットした曲もある。エニグマの「リターン・トゥ・イノセンス」だ。この曲には印象的な歌声がクレジットなしにサンプリングされていたが、もとは台湾原住民のディファンがうたった阿美人の伝統曲「老人飲酒歌」だ。かつては長老たちが集まって酒を飲むことが楽しみであるだけでなく、集落にとって重要な意味を持っていた。この歌に通常の歌詞はないが、歌声でその伝統を伝えてきた。それが異なる文脈で聴かれていたのだ。
酒の歌を探しはじめるときりがないので、ひとまずこのへんで。暑い夏にはつい枝豆とビールに手が伸びるが、飲みすぎにはくれぐれもご注意を。愛酒家の若山牧水も肝硬変で亡くなってますからね。
≪著者略歴≫
北中正和(きたなか・まさかず):音楽評論家。東京音楽大学講師。「ニューミュージック・マガジン」の編集者を経て、世界各地のポピュラー音楽の紹介、評論活動を行っている。著書に『増補・にほんのうた』『Jポップを創ったアルバム』『毎日ワールド・ミュージック』『ロック史』など。
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