2019年04月11日

1988年4月11日、坂本龍一が『ラストエンペラー』で日本人初のアカデミー賞・作曲賞を受賞~坂本を苦しめたベルトルッチの“ひらめき”

執筆者:北中正和

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映画『ラストエンペラー』はアカデミー賞のベスト・オリジナル・スコア部門で日本人初の受賞者を生み、サウンドトラック・アルバムも映画も世界中で高く評価された。そして音楽を担当した坂本龍一は、世界のサカモトとして歩みはじめることになった。しかしその陰にはさまざまな苦労もあった。


ごぞんじのように『ラストエンペラー』は清朝最後の皇帝で、後に満州国の皇帝にもなった愛新覚羅溥儀をモデルにした歴史物語映画だ。監督はベルナルド・ベルトルッチ。主演はジョン・ローン。イタリア、イギリス、中国の合作。北京の故宮(紫禁城)で初めて撮影が許可された外国映画として話題を呼び、1987年に公開されると、アカデミー賞を9部門で受賞。清国も満州国も日本にとっては浅からぬ縁のあるところなので、映画は日本でも大ヒットした。


音楽に与えられたベスト・オリジナル・スコア部門は、坂本龍一、デイヴィッド・バーン、蘇聡の3人の作曲家が受賞した。サウンドトラック盤には、坂本龍一の曲が9曲、デイヴィッド・バーンの曲が5曲、蘇聡の曲が1曲、その他にレッド・ガード・アコーディオン・バンドなどの曲が3曲入っている。映画ではサントラ盤に収録されなかった曲も使われた。


『音楽は自由にする』(新潮社)の中で坂本龍一は中国の長春で撮影していたとき、突然、戴冠式の音楽を1曲作ってくれと監督から言われたと語っている。それはその場かぎりのことで、まだ映画の音楽を任されたわけではなかった。監督はすでにエンニオ・モリコーネから「音楽をやりたい」という電話をもらっていたという。


坂本龍一に正式の依頼がきたのは、撮影が終わって半年くらいたってからのことだった。1週間で作れと言われたが、いくらなんでも無理なので、交渉して2週間にした。ところが東京で準備してロンドンに行ったら、依頼されたときと編集が変わっていて、曲と映像の間尺が合わない。仕方なくホテルにこもって徹夜続きで書き直して、44曲も作った。オーケストラとシンセサイザーと中国楽器をバランスよく組み合わせた音楽ができたが、仕事が終わったときは疲労困憊して入院してしまったという。


それからさらに半年ほど経って試写を見たら、曲が半分ほどしか使われていない。しかもズタズタにされていた。「怒りやら失望やら驚きやらで心臓が止まるんじゃないかと思った」というのが彼の思い出だ。


映画作りでは、映像と音楽の組み合わせは監督に一任され、音楽家は映画が出来上がるまでどんなふうに音楽が使われるのかわからないことが多い。その判断は感覚的なものなので、反論もできない。ベルトルッチ監督は映画の細部より枠組み優先で作って総合的なひらめきで完成させていく人だったのでなおさらだった。それは映画における作曲家の位置づけを考えさせられる話でもある。ま、この場合は、結果がよかったのですべてよし、ということなのだろうが。


デイヴィッド・バーンに対する監督の依頼は、リズミカルな音楽を期待してのことだったようだ。バーンのグループ、トーキング・ヘッズのコンサート映画『ストップ・メイキング・センス』の試写を観たベルトルッチ監督は、観客がコンサート映画の画面に向かって叫び声をあげ、客席で踊り出したのを見て、バーンに「わたしの映画でも同じことが起こってほしい」と言ったそうだ。


すでに坂本龍一に依頼した後だったが、監督は彼にも声をかけてきた。多忙をきわめていた二人のスケジュールをコラボレーションのために合わせることが不可能だったので、彼も一人で自分の音楽を作ることになった。その部分はバリ島やアフリカなど、世界各地の音楽に興味を広げていた彼らしい音楽に仕上がっている。


もう一人の蘇聡は1957年中国天津生まれの現代音楽の作曲家で、ドイツ人の女性と結婚し、ヨーロッパの芸術系の大学で映画音楽を教えながら、21世紀に入ってからは映画音楽だけでなく、オペラも発表。坂本龍一同様、西洋のクラシックと自国(中国)の音楽に橋をかけるような作風で知られている。


≪著者略歴≫

北中正和(きたなか・まさかず):音楽評論家。東京音楽大学講師。「ニューミュージック・マガジン」の編集者を経て、世界各地のポピュラー音楽の紹介、評論活動を行っている。著書に『増補・にほんのうた』『Jポップを創ったアルバム』『毎日ワールド・ミュージック』『ロック史』など。

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