2016年09月13日
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2016年09月13日
『男はつらいよ』シリーズをはじめとする数々の名作を手がけ、現在の日本映画界の第一人者といえる山田洋次監督。かつての松竹大船調の伝統を受け継ぎ、派手な映像表現ではなく、ささやかな日常生活に起こる人情の機微を丹念に描く手法を貫いてきた。それでいて観客を大きな感動へと誘うエンターテイメント作品を次々に世に送り出してきた稀有な才能の持ち主である。9月13日は山田洋次の誕生日。1931年生まれの氏は85歳を迎えて今なお現役で映画を作り続けている。ここでは数多の傑作から、そこに登場する歌謡曲にスポットを当ててみたい。
松竹ヌーヴェルヴァーグと呼ばれた大島渚や篠田正浩ら気鋭の若手監督が斬新な手法で作品を発表する一方で、山田監督は伝統的な松竹大船調を継承して、地に足の付いた一見地味とも思える作品に注力して才能を遺憾なく発揮してゆく。野村芳太郎らの助監督を務めて経験を積んだ後、1961年のデビュー作『二階の他人』には、主役の小坂一也に加えて、ロカビリーの人気者だった平尾昌章(現・平尾昌晃)も出演しているが、決して音楽に特化した作品ではない。そこへいくと63年に撮られた第2作「下町の太陽」は倍賞千恵子のヒット曲を基にした正統派歌謡映画なので、歌のシーンも必須。倍賞の澄みやかな歌声が聴ける。劇中では歌手役で登場する青山ミチが「私の願い」「太陽がギラギラ」を披露するシーンもあり、タイトルバックにも挿入歌としてしっかりクレジットされている。こうしたキャスティングは会社側の意向もあっただろうが、今となっては貴重過ぎる歌謡史の秘宝である。
東京オリンピックが開催された64年に公開されたハナ肇主演の「馬鹿シリーズ」3本のほか、初の時代劇『運が良けりゃ』や、ブルーリボン賞の主演男優賞と監督賞を受賞した傑作『なつかしい風来坊』で、クレージー・キャッツの面々と仕事をする中で、渥美清との出逢いもあった。ちなみに『なつかしい風来坊』ではハナ肇と有島一郎が灰田勝彦の「燦めく星座」を歌うシーンが見られる。ハイトーンボイスの灰田のレパートリーの中でも屈指の名曲は、昭和ヒトケタ世代の山田監督にとって思い入れの深い曲であると察せられる。その翌年の67年には、坂本九主演の『九ちゃんのでっかい夢』を演出。原作が小林信彦の変名によることで知られるこの作品の音楽は山本直純が手がけているが、劇中で歌われる「街角の歌」と「夢はどこにある」は共に浜口庫之助の作詞・作曲で、2曲のカップリングでシングル発売された。『下町の太陽』はヒット曲先行であったため、山田監督作品で主題歌として正式にクレジットされたレコードはこれが初と思われる。
フジテレビで放映されたドラマ版を経て、69年に映画シリーズとしてスタートした『男はつらいよ』の同名主題歌はあまりにも有名な曲となり、歌手・渥美清にとっても代表作となった。クラウンから発売されたレコード版とは歌詞やアレンジの異なる映画用のテイクが何度もレコーディングされ、様々なヴァージョンが存在している。最高のヒロインと称される浅丘ルリ子が売れない歌手“リリー”に扮して、自らレコードを売るシーンも見られる。実際の浅丘に倣って、テイチクレコードの所属という設定だったようだ。劇中で使われた小道具のレコードジャケットは意外と雑な作り(チラッとしか映らないからだろう)で可笑しいのだが、そこには“リリィ松岡”名義で、「夜明のリリィ」「あの娘はリリィ」「リリィのバラード」「レッツゴーリリィ」の4曲入りの記載がある。また、83年に公開された第31作『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』には、都はるみが極めて実像に近い歌手の“京はるみ”役でヒロインを務め、団子のあんこに因んで「アンコ椿は恋の花」を歌うシーンもある。
その他、山田監督の脚本を担当した作品では『黄色いさくらんぼ』(60年)、『九ちゃん音頭』(62年)などの歌謡映画があり、ほかにも吉幾三の「俺はぜったい!プレスリー」がきっかけとなった映画『俺は田舎のプレスリー』『俺は上野のプレスリー』(共に78年)の原案を手がけるなど、山田監督と歌謡曲の繋がりは思った以上に多い。それらは映画と歌謡曲が密接な関係を保っていた時代だからこその所業であろう。
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