2016年08月04日
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2016年08月04日
映画『男はつらいよ』の主人公、寅さんこと車寅次郎役で全国民に知られることとなった俳優・渥美清が世を去ってこの夏で20年になる。
もともとテレビドラマだった「男はつらいよ」では、最終回で寅さんがハブに噛まれて死んでしまうのはもはや有名な話。しかしスクリーンで甦った寅さんは実に27年間、48作に亘って演じ続けられた。浅草育ちの生粋のコメディアンはテレビや映画や舞台で芸歴を重ね、生涯の当たり役に出会ったことになる。68歳で没したのは平成8年8月4日のこと。故人の意志で、その訃報が公表されたのは荼毘に付された後の7日であった。13日に松竹大船撮影所で開かれたお別れの会には一般参加も含めて長い列が出来、早すぎた名優の死を大いに悼んだ。その後も現在に至るまで国民に愛された俳優・渥美清のことが綴られた書は山ほど存在しており、様々な角度からその生涯が描かれているため、ここではあまり触れられない歌手・渥美清の足跡を振り返りたい。
榎本健一、古川ロッパの時代から、森繁久彌にフランキー堺に植木等。名だたる喜劇人たちは皆レコードも数多く吹き込んでおり、歌でもやはり一流なのである。そして渥美清もまた然り。もの凄く上手いというわけではないけれど、なんともいえない味わいがあって思わず聴き惚れてしまう。日本人なら知らない人はいないであろう寅さんのテーマソング「男はつらいよ」がその最たるものであるが、それ以外にも渥美清のレコードは実に潤沢なのだ。歌手としての最初の吹き込みは昭和37年に遡る。コロムビアから出された記念すべきデビュー盤は37年8月発売の「彼奴ばかりがなぜもてる/泣きちゃうネ」。奇しくも植木等の『ニッポン無責任時代』が公開された直後のことである。渥美の歌の才能に目を付けたのは、当時コロムビアで井上ひろしや守屋浩を担当していた花形ディレクター、長田幸治氏であった。作曲は土橋啓二。ヒットにこそ至らなかったものの、この歌がきっかけとなり、渥美の映画初主演作となる『あいつばかりが何故もてる』が11月に松竹で公開されることになる。続いて38年1月には同じライター陣で曲調も踏襲された「恋すれど恋すれど物語/もててもてて困ってしまう」が発売された。NHKのバラエティ番組『夢であいましょう』などで人気は拡大しつつも、歌手としてのキャリアはその後少しブランクが空く。
41年4月にTBSでスタートしたドラマ『泣いてたまるか』の同名主題歌がクラウンから発売されたのは、渥美を歌手デビューに導いた長田氏が、コロムビアからクラウンへ移籍したことが大きかったと推察される。世に言うクラウン騒動で、コロムビアから多くのスタッフが独立して新会社・クラウンを設立したのは38年のことだった。所属歌手も、北島三郎、水前寺清子、五月みどり、少し遅れて小林旭らも同調したのだが、その辺りの経緯はまた別の機会に。新人・西郷輝彦の活躍などもあってクラウンが軌道に乗った後に出された「泣いてたまるか」は番組の人気も伴い、歌手・渥美清にとっての初のヒットを記録した。ドラマの音楽を担当した木下忠司による哀愁たっぷりのメロディが、渥美の歌声にピッタリとはまった傑作である。人気となったドラマは3クール目以降、交代で主演を務めた青島幸男と中村嘉津雄も同じ主題歌を歌ったが、レコード化されたのは渥美ヴァージョンのみであった。喜劇人の醸し出すペーソスは独特の味わいに満ちているのだ。
「泣いてたまるか」はヒットしたが、まだ正式にクラウンの専属となっていたわけではなかった様で、次なるシングルは大映レコードから出された「オー大和魂」。大映テレビ室制作、TBSで放映されたドラマの同名主題歌だった。B面の「雨の降る日は天気が悪い」と共に「泣いてたまるか」の木下忠司による作曲作品で、ここでもユーモアとペーソスが同居している。43年10月発売。これはフジテレビで『男はつらいよ』がスタートした月であるが、その主題歌「男はつらいよ」がレコード発売されたのは、映画版の第4作『新・男はつらいよ』が公開された45年2月のこと。再びクラウンからの発売で、以降のシングルはすべてクラウンから発売されることに。ただしLPに関してはその限りではなく、『渥美清が歌う哀愁の日本軍歌集』(43年)、『渥美清が歌う哀愁の昭和叙情曲集』(45年)、『噫々戦友の詩(きけわだつみのこえ)より』(46年)の3枚のアルバムはいずれもポリドールから出された。ここではユーモアは一切なく、真摯に吹き込まれた名唱が聴ける。戦中派ならではの圧倒的な表現力に感銘を受けずにはいられない。
映画と共にロングセラーとなった「男はつらいよ」以降、渥美のレコードは頻繁に発売された。映画『あゝ声なき友』の主題歌「ごめんなさいお訪ねします」(47年)に、テレビドラマ主題歌の「こんな男でよかったら」(48年)、「寅さん音頭」(50年)、「祭りのあと」(50年)、「渥美清の啖呵売」(51年)、「浅草日記」(52年)、「今日はこれでおしまい」(52年)と、寅さん役に脂の乗っていたこの頃が最もハイペース。そして行き着いたのが、54年に出された「DISCO・翔んでる寅さん」だ。ディスコ・ブームが反映された異色盤で寅さんもフィーバー。合間の小気味よい台詞も聴きもの。この大迷盤で、歌手・渥美清の歴史にピリオドが打たれたのはなんとも痛快であった。ちなみに代表作「男はつらいよ」の主題歌は映画で何度も歌われて多くのヴァリエーションがあって面白い。CD化もされているので、現在復刻されている軍歌集や叙情歌集と共に一聴をお薦めする次第である。
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