2017年01月14日

[第18回読者投稿コラム]昭和の大ヒット企画モノは、実は良質POPSの宝庫? 12/5は、イモ欽トリオのアルバム『ポテトボーイズNo.1』の発売日 text by  ゑゐる

執筆者:読者投稿

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イモ欽トリオは、1981年4月6日からフジテレビ系で放送された「欽ドン!良い子悪い子普通の子」から生まれた、山口良一(ヨシオ)、西山浩司 (ワルオ)、長江健次(フツオ)の企画ユニット。

人気番組「欽ドン!」シリーズという事もあり、放送開始直後から人気者になり、同年8月5日にはシングル「ハイスクールララバイ」を発売。

これが累計160万枚の大ヒット。

松本隆とYMO・細野晴臣という、元はっぴぃえんどのメンバーでタッグを組んだ作品であった。

その勢いに乗って、同年12月5日にアルバム『ポテトボーイズNo.1』が発売された。


この当時、THE MANZAIブームに乗って、お笑い芸人がシングルやアルバムを出す事もままあり、1981年1月にザ・ぼんちが「恋のぼんちシート(作詞・作曲:近田春男、編曲は鈴木慶一)」リリースし、80万枚の大ヒットとなった。

このヒットに味をしめたフォーライフレコードが、イモ欽トリオに目をつけたとしても、不思議は無い。


アルバムの曲は、「ハイスクールララバイ」の作詞を担当した松本隆が12曲中9曲の作詞を、曲はフツオに吉田拓郎、ヨシオに南こうせつというフォーク系シンガーソングライターが、ワルオにはロック系の井上大輔が担当。

それぞれの個性を引き立てることに成功している。

なお、吉田拓郎は当時、発売元であるフォーライフレコードの社長でもあった。


松本隆は、松田聖子に初めて「白いパラソル」を提供した時期でもあり、作詞家としての地位を不動のものとしつつあった。

事実、詞を改めて見てみると、もどかしい青春時代を鮮やかに切り取った、松本隆ならではのリリカルな世界が、そこに活写されている。

アレンジは、ムーンライダーズの白井良明、岡田徹、鈴木慶一らと細野晴臣が殆どを担当、当時大流行だったテクノポップス風味に仕上げている。

そういえば、松本隆はオリジナル・ムーンライダーズのメンバーでしたね・・・。


本作の演奏もムーンライダーズが担当しており、当時の人気者が出した企画モノアルバム、と言うには、あまりにも贅沢過ぎる作品となっている。


その後、イモ欽トリオは1982年3月21日に第2弾シングル「ティアドロップ探偵団」発売するが、その直後、長江が大学受験のため脱退。

2代目フツオ・後藤正を加え、1983年1月1日に第3弾シングル「ティーンエイジ・イーグルス」を発売するが、同年5月には後藤も番組を降板している。

シングルA面は総て、松本隆と細野晴臣の作品であった。


なお、長江、山口、西山の3人は、意外にも(失礼!)解散後も歌手活動を続けている。

山口は俳優、リポーター、DJ等、幅広く活躍しているが、1983年に宇崎竜童がメインライターである「about」というアルバムを発売。

西山も1985年に「RUSH」というアルバムをリリース、現在はWARUO名義で「生きてくって」等の楽曲を発表。

俳優、料理店経営と平行して、ライブも行なっている。

長江は大学受験終了後、芸能界に復帰。

最近では、恩人である萩本欽一への不義理を行った過去で話題になっているが、DJ、俳優、スノーボーダーとして、幅広く活動。

歌手としては、1983年のシングル「SHYナ・ガール」を皮切りに、チャゲ、長渕剛、伊藤銀次、角松敏生等の錚々たる作家から曲提供を受けていた。

現在も歌手活動には力を入れており、毎年バースデー全国ツアーと、1月に神戸チキンジョージで行う「商売繁盛!長江健次Cafe」を主催。

2015年1月24日には初めてイモ欽トリオとして、有料ライブを開催した。

また、セルフカバーアルバム『TOKYO』『OSAKA』や、カバーアルバム『HITO NO UTA』シリーズ等を発表している。


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