2017年03月01日

日本のロックの礎を築いたギタリスト・成毛滋。今年で生誕70年、没後10年を迎える

執筆者:佐々木雄三

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1967年3月1日は、成毛滋率いるフィンガ-ズのデビュ-・シングル「灯りない街」(TeichikuUnionUS-518-J)の発売日である。


'65年、空前と言われたエレキ・ブ-ムのなか曲芸的とも言える速弾きで、ファンを驚かせた成毛滋は、"FarEastMiracle"(東洋の奇跡)とまで呼ばれ我国のロック・ギタ-史に大きな存在感を示している。


成毛は1947年(昭和22年)1月29日、東京の麻布永坂町で誕生しているが、祖父の石橋正二郎は九州の久留米出身で、戦前のゴム製品の開発から始まって、戦後の朝鮮特需を背景に米軍の軍用車両のタイヤ製造によって大企業に発展したブリジストンの創業者であった。成毛はその初孫として誕生、後年自身のサイトの冒頭には幼少時の自分と米軍の女性将校の記念写真が掲げられていた。小学生時代(慶応幼稚舎)は歌舞伎の真似事や西部劇に凝って友人たちと簡単な8ミリ映画を造るほどだったという...。勉強が疎かになり心配した両親がつけた東大生の家庭教師がカントリ-・ギタ-を愛好していたことから次第にギタ-に興味を持つようになる。


慶応普通部(中学)の卒業祝いにギタ-を買ってもらうことになり銀座のヤマハを訪れたところ、運命の出会いを果たす。祖父の石橋と同郷の政治家、石井光次郎(衆議院議長、娘の石井好子はシャンソン歌手として有名)の孫、朝吹誠(仏文学者で慶大名誉教授、朝吹三吉の長男、)が偶然にもドラム・セットを買いに来ていたのである。


成毛、朝吹(Drum)は仲間たちを誘って早くもバンド活動を開始、高橋信之(G、YMOの高橋幸宏の兄)、斉藤茂一(Bass、歌人・斉藤茂吉の孫、後にフィンガ-ズのユニフォ-ムのデザインを担当)、三野村清雄(Piano)らが参加して、エルヴィスや米国のポピュ-ラ-音楽をカヴァ-していた。三野村は母親が音楽家であったことから3歳の頃よりピアノを演奏していて、レコ-ドから流れる旋律を採譜できる程だったようで、成毛の音楽センスに大きな影響を与えている。


バンドは当初、ク-ル・ボ-イズと名乗り、サベ-ジ(サベ-ジ名義で新宿のコタニ・レコ-ドでシャドウズの"TheSavage"、シャンティ-ズの"Pipeline"を録音、自主制作EP盤を作っている)、ブル-・サウンズと変名、16歳のとき、品川の高輪閣(キャンティの川添象郎氏が関わった迎賓館)で開催された小学生時代の恩師を囲む「おやじ会」でステ-ジ・デビュ-を果たしている。


成毛は当時、ソリッド・ギタ-の人気モデル、グヤト-ンLG-65Tを購入して早くもジェ-ムス・バ-トン・スタイルのギタ-・ワ-クを試みていた。'64年3月、ヤマハ銀座店の販売主任の呼びかけで都内の高校生を中心としたアマチュア・バンドのサ-クル、T・I・C(東京インストゥルメンタル・サ-クル)にフィンガ-ズとして参加するようになる。このサ-クルに関してフィンガ-ズの斉藤氏が後年、自伝とも言える「S家の長男」(2007年、新講社)で詳しく著述している。ヤマハが英国のBurnsのギタ-とVOX社のアンプの拡売を目論んで開かれた発表会で、フィンガ-ズはベンチャ-ズの"クランチャ-"やビ-チ・ボ-イズの"SurfJam"を演奏しているが、この時点では米国西海岸のSurfin'バンドのム-ドが強かったようだ。アンプも当初12w(AMP-73R)の簡単なものを使用していたが、この頃になると45W(CheckMate45)を装備して迫力あるLive演奏を可能にしていた。


'65年1月3日より開始されたベンチャ-ズ日本公演を観て、全く自分たちとは違った演奏方法に成毛たちは愕然とする。その理由を確認すべく成毛らは、ベンチャ-ズの楽屋を訪れることに成功。メンバ-から直接ギタ-の奏法を教えてもらうが、最初は全く分らなかったという。よく見ると3弦が巻き線ではない裸線を使用していて自由にベンディングしたり、引っ張ったりできることに気づくことになる。それまで、レギュラ-・ゲ-ジしか知らなかった日本人が初めて、ライト・ゲ-ジ(極細弦)に出会った瞬間であった。


このことが、ギタ-の奏法上の革命となっていくが、当時日本では、レギュラ-・ゲ-ジは販売されていなかったことで、T・I・Cのメンバ-たちも挫折しかかる。全くの偶然から、弦をずらして張る方法(例えば、本来の1弦を2本、2弦を3弦に張り、残り3、4、5弦)を思いつきT・I・C主催のエレキ・ジャンボリ-では如何なくその結果が披露された。


'65年5月4日、音楽評論家、湯川れい子氏を招いて開かれた「風林火山杯争奪ロック・コンテスト」(慶大生、五歩一勇氏が企画したイベント、五歩一氏は後に日本テレビのプロデュ-サ-として活躍)よりアンプもついに、FenderTwinReverve(50W)を購入して、高橋のオリジナル作品「ゼロ戦」も披露されている。その後、ベースが斉藤から高須研一郎に、ドラムが朝吹から関口恵一に交代している。


'66年より蓮見不二男(後にクリストファ-・レン名で"メリ-・ジェ-ン"の作詞を手掛ける)がキ-ボ-ダ-として加入、都市センタ-・ホ-ルで開かれたリサイタルでは、ミッチ-・サハラの司会・進行で堤たちのThePlanets、法政大学のTheShadowsらとともに楽しいステ-ジを繰り広げた。


そして、ついに6月、「勝ち抜きエレキ合戦」に出場する。第1週は「荒城の月」(滝廉太郎作曲のエレキ・インスト・ヴァ-ジョン)で最高点をもらい、以降「ゼロ戦」「ノラ」「灯りのない町」で他を寄せつけず、7月開催された"エレキ日本一決定戦"では、「ツィゴネルワイゼン」(サラサ-テ作曲のバイオリン曲、第2楽章の"火の踊り"の早いところを主にアレンジして演奏)、「荒城の月」を演奏して見事、グランプリを獲得している。


この後、日本ビクタ-のPhilipsレ-ベルで人気GSのプロデュ-サ-として名高い本城和治氏によって数曲、デモ用に録音がなされるが、レコ-ド化には至っていない(成毛本人がオ-プン・テ-プで保存していたが、その完成度の高さに驚かされる)。ただ70年代以降、日本フォノグラム(ヴァ-ティゴ・レ-ベル)のフライド・エッグ等のレコ-ド制作で成毛は本城氏と再会している。また、フィンガ-ズの衝撃に楽器業界も反応して、グヤト-ン社のギタ-、TheFingers'Model(LG-160T)、通称"Telstar"(デビュ-・シングルのジャケットで抱えているモデル)が発売されている。


芸能界からの誘いも多く、石原音楽出版の提案からテイチク・レコ-ドとの契約が成立して、翌年2月を目指して録音が開始される(テイチクが2月5日にタイガ-スがデビュ-する情報をキャッチしていた)。結果的には3月1日に「灯りない街」でレコ-ド・デビュ-を飾り、テイチクでエレキ・インストのシングルを3枚、メンバ-・チェンジ後キングのLondonレ-ベルからヴォ-カル曲のシングル3枚、アルバムを1枚残している。


≪著者略歴≫

佐々木雄三(ささき・ゆうぞう):佐々木雄三(ささき・ゆうぞう):1957年生まれ。大学生の時、宮治淳一氏(現ワ-ナ-・ミュ-ジック)らによるエレキのファン・サ-クル"Eleki Dynamica"に参加、レコ-ド会社に勤務しながら、機関誌やカセツト・マガジンなどの制作に携わる。レコ-ド会社退社後、『エレキ・インスト大全』刊行。また『エレキギタ-・ブック』にレギュラー出筆。現在は、小田原の曹洞宗寺院の住職を務めている。


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