2017年04月04日

4月4日は“キング・オブ・ザ・シカゴ・ブルース”、マディ・ウォーターズの誕生日

執筆者:増渕英紀

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ロバート・ジョンソン以外でロック界に最も多大な影響をもたらしたブルースマンと言えばマディ・ウォーターズだろうと思う。何しろローリング・ストーンズがマディの楽曲からグループ名を付けたという、その事実だけでも明らかだろう。


で、“キング・オブ・ザ・デルタ・ブルース”と呼ばれたロバート・ジョンソンに対して、マディに冠されたのは“キング・オブ・ザ・シカゴ・ブルース”。が、マディ・ウォーターズ(本名:マッキンリー・モーガンフィールド)は、1915年4月4日ミシシッピ州のローリング・フォーク生まれ。決してシカゴ周辺の出身という訳ではない。ミシシッピのデルタ地帯で育ったマディは、当然のことながらロバート・ジョンソンやサン・ハウスの影響を受けて、当初はアコースティックで濃厚なデルタ・ブルースを演奏していた。


或る意味ラッキーなんだろう。民族音楽の録音収集の分野で世界的に知られるジョン&アラン・ロマックス父子がロバート・ジョンソンの噂を聞きつけて、レコーディングに訪れたものの、すでに27歳の若さで他界していて会えず仕舞い。結局、地元の連中のロバート・ジョンソンのように歌えるヤツがいるってことで白羽の矢を立てられたのが何とマディだったのだ。詰まりはロバートが早死に(毒殺説が濃厚)してくれたお蔭でマディにお鉢が回って来たということで、デルタ・ブルースの代表として初レコーディングする栄誉に...。全盛期と言われるチェス音源はいくらでも出回っているが、この初期音源はレア。記念すべき1941年レコーディングの「Country Blues」を聴いて見ると、ロバート・ジョンソンやサン・ハウスにそっくりだというのが面白いし、「I Be's Troubled」にいたっては明らかに後の「I Can't Be Satisfied」の原型だろうと思われる。というわけで、思わぬ代役からデビューする幸運に恵まれたのだが、この初期の音源はマディの原点を知る上でも捨て難い魅力がある。


そのマディの最初にして最大の功績であり、ロック界に衝撃をもたらした出来事は、チェス時代に自らが挑戦して切り開いたエレクトリック・ギターの導入とバンドで演奏するという、ブルースのエレクトリック・バンド表現。マディが故郷のミシシッピを後にしてシカゴに向かったのは1943年のこと。そこでアーバンなシカゴ・ブルースを初めて目の当たりにしたマディは、ルーズなデルタ・ブルースではこの街ではやって行けないという現実と対峙することになる。翌44年に初めてエレクトリック・ギターを手にした彼は、その新兵器を使った全く新しいブルース表現を作り上げて行くことになる。従来のピアノ、サックス、トランペットを主体にしたものではなく、マディ自身のスライド・ギターにセカンド・ギター、ハープ、ピアノ、ベース、ドラムからなるバンドで、それが画期的なスタイルであったことは言うまでもない。マディを聴いて育ったポール・バタフィールドがこの編成を踏襲していることは一目瞭然、日本ではウエストロード・ブルース・バンドもマディのバンドを手本にしているのは有名な話だ。


マディと言えばチェス時代と言われるが、ギターをボブ・マーゴリンに託してヴォーカリストに徹したマディも好きだ。ジョニー・ウィンターと組んだ『ハード・アゲイン』の歌なんかは神憑っていると、今でも思う。聴いていると、75年のオールマン・ブラザーズ・バンドのオープニング・アクトで見た時のマディの圧倒的な存在感を思い出す。


≪著者略歴≫

増渕英紀(ますぶち・ひでき):音楽評論家、コラムニスト。東京都出身。メジャーには目もくれず、ひたすら日本では過少評価されているマイナーな存在の海外アーティストや民族音楽、日本のアンダーグラウンド・シーンやインディー系のアーティストにスポットを当てて来た。

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