2016年07月12日
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2016年07月12日
ローリング・ストーンズがその名前で初めてコンサートを行なったのが1962年の今日、7月12日。場所はロンドンのクラブ、マーキーだった。
しかしグループのラインナップはまだ固まっていなかった。この日、実際にステージに立ったと伝えられているのは、ミック・ジャガー(ヴォーカル)、キース・リチャーズ(ギター)、エルモ・ルイス(ギター)、ディック・テイラー(ベース)、イアン・スチュアート(ピアノ)、ミック・エイヴォリー(ドラムス)の6人。エルモ・ルイスはブライアン・ジョーンズのことで、スライド・ギターの名手であった彼は、お手本にしていたブルースマン、エルモア・ジェイムズの名前をもじってステージ・ネームにしていた。ディック・テイラーはこの後に脱退。後にプリティ・シングスを結成することになる。イアン・スチュアートは愛称スチュ、この直後、レコード・デビューに当たり、マネージャーによってメンバーから外される憂き目に合う。ミック・エイヴォリーは後にキンクスのドラマー。チャーリー・ワッツ(ドラムス)もビル・ワイマン(ベース)も加入前だった。
マーキーには、彼らの師匠筋に当たるアレクシス・コーナーが自らのグループ、ブルース・インコーポレイテッド(チャーリー・ワッツは当時こちらに在籍していた)を率いレギュラー出演していたが、ちょうどこの日のラジオ番組「ジャズ・クラブ」への出演が決まり、その穴を埋めるグループが必要になった時に白羽の矢が立ったバンドのひとつがストーンズだったのだ。
ビル・ワイマンの著書『ローリング・ウィズ・ザ・ストーンズ』には、1982年のヨーロッパ・ツアー中、ちょうどこのマーキーでのライヴから20周年の7月12日に、ビルがスチュと、そのギグについて電話で話し合ったエピソードが書かれていて面白い。スチュも、当時のドラマーがミック・エイヴォリーだったことは覚えていたが、ビルが不在だったことは覚えていなかったという(しかしドラマー別人説は完全には消えてはいない模様)。恐らくその直前の時期にスチュの日記の中から「あるメモ」が“再発見”されており、スチュがビルにその話を持ちかけたきっかけはそのメモの存在ではなかったかとぼくは推測しているのだが、その内容はまさに1962年7月12日のギグのセット・リストとされるものだったのだ。そこに並んでいた19曲は多すぎで、全曲が実際に演奏されたとは考えにくいのだが、活動開始当初のストーンズの音楽志向を考えるには実に興味深い。
残念ながらここにそれらの曲を書き出す余裕はないが、この日のギグのためにマディ・ウォーターズの曲「ローリング・ストーン」から慌ててグループ名を付けたというわりにそのマディの曲は一曲だけ。同じシカゴのチェス・レーベル所属ミュージシャンでも、ロックンロールのチャック・ベリーのナンバーが多めだったり、さらにブライアン・ジョーンズがスライド・ギターを披露したのであろうエルモア・ジェイムズのブルース・ナンバーが並んでいたりと、ここまではわかりやすいストーンズらしさだと思う。強調しておきたいのは、よりダンサブルな要素が強いジミー・リードや彼と活動を共にしていたギタリスト、エディ・テイラーのナンバーが7曲も挙がっていたこと。ブルースも含めてリズミックな要素を重視する感覚は、60年代後半のブルース・ブーム以降に出てきたバンドとも明らかに違っている。初期のストーンズやそれに続くブリティッシュ・バンドたちがブルース・バンドではなくR&Bバンドと名乗っていた。第一義的にはそれが時代のキーワードだったからだろうが、そこに音楽的な意味を見出すことも可能だと思っている。
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