2018年06月29日

1967年6月29日、ミック・ジャガーとキース・リチャーズが麻薬所持で有罪判決

執筆者:池田祐司

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1967年6月29日木曜日、ミックとキースは麻薬所持で有罪判決を受けた。ほぼ半世紀前の出来事である。


この裁判は、英国南東部にある小都市チチェスター市にあるウェスト・サセックス裁判所で行なわれた。裁判は、その年2月12日にキースの自宅「レッドランズ邸」で行なわれた警察の家宅捜索によるもので、嫌疑は「麻薬の不法所持及び提供」で、5月10日に検察によって起訴されている。審理は6月27日の火曜日から始まった。裁判長は、60歳を過ぎた保守的な思想を持った初老のブロック氏とだけ記録されている。


裁判は最初に、ミック・ジャガーの持っていた「アンフェタミン(覚醒剤)所持」の審理から始まった。ミックもキースも裁判所に被告として出廷するのは初めてで、スーツにネクタイというファッションで出向いた(この時の装いは今見ても珍奇で興味深い。そしてまた、この日不在のブライアン・ジョーンズとのスタンスも面白いのだが、長くなるので割愛する)。ミックの弁護士は、「これはイタリアで飛行機の酔い止めのために合法的に購入した」として無罪を主張した。しかし、陪審員数名は少しの議論の末、「10年未満の有罪の評決」を下した。そしてミックはブリクストン刑務所に収監されることになった。


一方、キースは「レッドランズの自宅を麻薬等吸引パーティーに提供した罪」という内容で、

もっとも深刻で重いものだった。キースは、被告弁論で少しの持論を言い立て悪態をついたらしい。それが陪審員の印象を悪くしたと言う話がある。この時、2月のレッドランズのパーティーに同席した美術商で画廊を所有していたロバート・フレイザーも同時に裁判にかけられた。彼はドラッグに詳しく、かねてからヘロインの常習者で、元々アニタ・パレンバーグの知人だった。ミックとキースに並んで、フレイザーも一緒に裁判にかけられたのは、レッドランズ・パーティーの首謀者だったからだろうと勝手に推測している。


結果、ミックは100ポンドの罰金刑と懲役3ヶ月の実刑判決。キースには500ポンドの罰金と懲役1年、ロバート・フレイザーは200ポンドの罰金と6ヶ月の懲役という実刑が言い渡された。キースが最も重い刑罰を科されたわけである。キースとフレイザーはその夜、ワームウッド・スクラブズ刑務所に収監された。記録によれば、判決の出た翌日、6月30日にミックとキースは高等裁判所にすぐさま上告し、7,000ポンド(現在価格約400万円)の保釈金を払い、一時的に釈放された。ロバート・フレイザーは、保釈金を払わずに実刑判決をまる飲みしたようである。


ミックとキースの有罪判決は、当時の英国では大きなニュースとなって世間を騒がせた。とりわけストーンズのファンは、実刑判決が出るや否や、抗議活動を派手に行ない、あちこちで騒ぎが頻発したようである。ロンドンのピカデリー・サーカス広場では、「ミックとキースを直ちに釈放せよ!」と大勢の若者が抗議活動を展開し警察と衝突した。

また、ロックバンドのThe Whoが、ピート・タウンゼントを筆頭にして、抗議の意思表示として、ストーンズの「Under My Thumb」と「The Last Time」を演奏録音し、シングル・リリースすることにしたという。

それほどの大きな社会的事件だったのである。



19世紀初頭のアヘン戦争を持ち出すまでもなく、英国には伝統的に「麻薬的文化」というものが根強くあり、文学や音楽、あるいは芸術全般に麻薬の効用にポジティヴに依存するような土壌がある。

そこへもってきて、60年代初頭から「セックス、ドラッグ、ロックンロール」の新たな流行が若者カルチャーに蔓延し、保守的な体制側をしてある種の脅迫観念に落ち入らせていたと見る社会学者もいる。ストーンズは、言わば抑圧された若者たちに向けて、その欲求の発露となって登場し、肥大し、結果有罪判決が下されたと見る向きもある。つまり「スケープ・ゴート(生け贄)」にされたと分析する学者もいる。


2010年10月に発行されたキースの自伝『ライフ』を改めて読むと面白い。特にこの有罪判決の箇所を読み返すと興味深い。歴史は事実が起きたその当時より、ある程度の時間が経過して、多面的客観的に当該事件を思慮する事によって真実が判明する事がある。

それによるとキース自身は、この時期、実際に日常的に麻薬摂取をしていた事を自明の前提としているし、さらにこの事件はメディアが「俺を民衆のヒーローに仕立て上げた」とまで語っている。そして、その後その役割をずっと演じているとも書かれている。

これは多分に、この自伝本を書くにあたって、当時の雑誌や新聞などを読み返して、キース自身の記憶を蘇生させ再構成しながら出来上がった書籍である事を思い返すと面白さは倍加するはずだ。


さて釈放されたミックとキースは、出所後間髪をいれず、7月初旬にオリンピック・スタジオで録音し、8月18日にシングル「We love you / Dandelion」を英国でリリースしている。これは上記の裁判に対してストーンズを応援してくれたファンへの感謝の意図があって制作したと言われている。同時にプロモ映像を制作したがBBCで放送禁止になっている。ちなみに「We love you」をライヴ演奏した事はこれまで一度もない。曲の構成から考えると、この曲の骨格は、ニッキー・ホプキンスのものではないかとうがった推測をするファンも多い。今となってはミックはこの事件を思い出させる「We love you」を忌避しているように感じられる。


爾来、日本でも「ストーンズと麻薬の関係」は伝説となって、当時爆発的に流行したグループ・サウンズの活動にまで影響を及ぼしたと言っても過言ではないだろう。また、1973年のストーンズ初来日中止事件の端緒は、この有罪判決であろうか。いずれにしても「時代の荒波」に翻弄されたローリング・ストーンズの苦難の歴史は、この出来事から始まったのではないだろうか。


≪著者略歴≫

池田祐司(いけだ・ゆうじ):1953年2月10日生まれ。北海道出身。1973年日本公演中止により、9月ロンドンのウエンブリー・アリーナでストーンズ公演を初体感。ファンクラブ活動に参加。爾来273回の公演を体験。一方、漁業経営に従事し数年前退職後、文筆業に転職 。

ライフ 単行本 – 2011/5/12 キース・リチャーズ (著), 棚橋志行 (翻訳)

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