2017年05月19日

1975年5月19日、布施明の「シクラメンのかほり」がオリコン・チャートで1位を獲得

執筆者:馬飼野元宏

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1975年5月19日、布施明の「シクラメンのかほり」がオリコン・チャートで1位を獲得した。


布施明はカンツォーネをベースにした豊かな声量と確かな歌唱力の持ち主で、1965年5月10日、「君に涙とほほえみを」でのデビュー以来、「おもいで」「霧の摩周湖」「愛の園」「そっとおやすみ」などの大ヒット曲を持つ歌謡界のトップ・シンガーであった。70年代初頭には、バート・バカラック作品を本家A&Mスタジオで録音した『布施明がバカラックに会った時』や、水谷公生、寺川正興、柳田ヒロらのユニット「LOVE LIFE+1」を従えたライブ盤『日生劇場の布施明』など歌謡曲の枠を超えた先進的な試みも多かったが、またひとつ違う方向性に挑んだのがちょうど「シクラメンのかほり」の1年前、「積木の部屋」である。


「積木の部屋」は作詞が有馬三恵子、作曲が川口真という組み合わせであったが、川口は布施が所属する渡辺プロダクション総帥の渡辺晋から作曲に際してある依頼を受けた。それは、布施は歌が上手いことに自信を持っていて、後ろにずらして歌う癖があるので、ずらせない歌を作ってほしい、というものであった。その結果、「積木の部屋」はAメロ部分が畳みかけるような音符の運びとなり、必然的に語りのような歌い方に変化した。歌詞の内容も当時流行の「同棲もの」で、「神田川」に代表される叙情派フォーク的な世界への、歌謡曲側からの回答ともいえる1曲でもある(同時期・同傾向の作品に、野口五郎の「甘い生活」「私鉄沿線」がある)。偶然の産物ながら、布施明がフォーク寄りの曲を歌うきっかけとなったのだ。


この方向性が本格化したのが、翌年の小椋桂作詞・作曲「シクラメンのかほり」である。作者の小椋桂は当時、日本勧業銀行につとめる銀行マンで、その傍ら音楽活動を続けていた変わり種のシンガー・ソングライターで、72年に発売されたアルバム『彷徨』が、ロングセラーを記録中という時期でもあった。


小椋桂がこの曲想を得たのは、同行赤坂支店に勤務していた際、取引先の会社で休憩していたときに見た、シクラメンの花をヒントにして作られたものである。歌い出しの「~ほど~なものはない」はエルヴィス・プレスリーの「マリー・イン・ザモーニング」の歌詞から引用し、北原白秋の全集から気に入った言葉を抜き出してはめ込んだという。小椋本人は出来が気に入らずお蔵にしていたそうだが、布施明からシングル用にAB面2曲を依頼され、締め切りまでに間に合いそうになかったので、A面用に「淋しい時」という曲を作り、もう1曲はストックしていた曲の中から渡したという。それが「シクラメンのかほり」だった。


だが、A面に選ばれたのは「シクラメンのかほり」で、75年4月10日に発売されるとチャートを駆け上り、同年5月19日にオリコン・チャート1位を獲得してからは5週に渡って首位をキープ、布施明にとって初のミリオンセラーとなり、同年の日本レコード大賞をはじめ数々の音楽賞でグランプリを総なめにした。小椋はその頃ニューヨーク勤務についており、海の向こうでヒットの知らせを聞き、それがストック用だった「シクラメンのかほり」と聞いて仰天したそうである。


1975年の音楽シーンは、フォーク、ニュー・ミュージック系の勢いが本格化した時期でもあり、小椋桂もこの「シクラメンのかほり」の大ヒットとの相乗効果でブレイク、旧作アルバムが飛ぶように売れた。荒井由実やダウン・タウン・ブギウギ・バンドのブレイクもこの時期である。また、歌謡曲とニュー・ミュージックの交流は、前年に森進一が吉田拓郎に楽曲提供を受けた「襟裳岬」の成功が大きいが、この流れを決定的なものにしたのが布施ミーツ小椋の「シクラメンのかほり」であった。実に2年連続で渡辺プロの歌謡曲歌手が、シンガー・ソングライターの楽曲を歌ってレコード大賞に輝いたのである。


この成功により、従来のダイナミックなスケールの歌唱法に加え、繊細な語り口も手に入れた布施明は、よりフォーク寄り、シンガー・ソングライター的な方向に傾倒していく。テレビの歌番組ではアコースティック・ギターを持って「シクラメン~」を歌い、さらに同年10月25日、今度は小椋桂の書き下ろしによる「傾いた道しるべ」も発表。翌76年には自身の作詞・作曲による「落葉が雪に」をまたしてもオリコン1位に送り込み、さらには全曲自作によるアルバム『そろそろ』も発表した。ただし、布施の自作曲は過去に幾度か発表されており、1972年のアルバム『マイ・ウェイ』の片面6曲、「白いラブレター」のB面「ふるき友 心の唄」や、「シクラメンのかほり」の1作前、「愛の詩を今あなたに」のB面「この胸に」などがある。だが、「積木の部屋」~「シクラメンのかほり」のフォーク、ニュー・ミュージック的な作風が、自作曲の創作に大きく反映したことは間違いないだろう。その後、布施はAOR方面に舵を切り、「君は薔薇より美しい」など、自身が得意とするゴージャスな歌い上げ系のポップスに立ち戻っていく。その意味ではこの74~76年が“布施明フォーク化”期だが、四畳半フォークっぽさは微塵もなく、徹底したロマンチストぶりはさすが布施明というものであった。「シクラメンのかほり」はセールス面のみならず、時代の風を受け自身の音楽面の可能性を拡げることとなった、エポックな楽曲でもあったのだ。


≪著者略歴≫

馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。

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