2018年02月19日

本日2月19日は、60~70年代日本の音楽現場で活動した稀有な米国人アーティストであり、名曲「I Love Rock’n Roll」の作者でもあるアラン・メリルの誕生日

執筆者:中村俊夫

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本日2月19日は、60年代末期に来日し、GSブーム末期~70年代日本ロック黎明期の現場で活動した稀有な米国人アーティストであり、今やロック・スタンダードとなった名曲「I Love Rock’n Roll」の作者でもあるアラン・メリルの誕生日。67歳を迎えた現在も地元ニューヨークを拠点に精力的な音楽活動を続けている。


1951年2月19日、ジャズ・シンガーのヘレン・メリルを母に、サックス奏者のアーロン・サクスを父にニューヨークで生まれたアラン・メリル(出生名アラン・サクス)は、16歳頃からセミプロ・バンドで活動を始め、グリニッジ・ヴィレッジのクラブに出演。18歳の時には「Walk Away Renée(愛しのルネ)」(66年)のヒットで知られるレフト・バンクスの新メンバー・オーディションに応募し合格したが、加入前にバンドが解散という憂き目にも遭っている。


68年、UPI通信社アジア総局長ドナルド・ブライドンと再婚し日本に移住していた母を訪ねて来日。米国籍メンバーだけで結成されたGSザ・リードの後期メンバー(ギタリスト)となって、彼らのセカンド・アルバム『ザ・リード・ゴーズ・オン』のレコーディングに参加する(モンキーズのカヴァー「すてきなバレリ」でアランのギター・プレイを聴ける)。当時リードにはアラン・ヒル(ds)というメンバーがいたので、混乱を避けるためポール・メリルという芸名を使用。敬愛するポール・マッカートニーが名前の由来だという。


68年末にリード解散後は渡辺プロダクションと契約し、アラン・メリル名義でソロ・アーティストとして日比谷メイツ(渡辺プロダクション直営のライヴ・ハウス)などで活動する傍ら、ファッション・モデルとしてCM等で活躍。TBSの若者向け情報番組『ヤング720』の司会も務めている。また、同じ事務所のファニーズ(ザ・タイガースの前身バンドの名前を譲り受けた)、ロック・パイロット(ファニーズ解散後に結成)のサポート・メンバーとしても活動。71年1月24日に日本武道館で開催されたタイガースの解散コンサートでは、ロック・パイロットで前座を務めた後、タイガース登場前のMCを担当し、英語で観客を煽るアランの声がライヴ・アルバム『フィナーレ』にも収録されている。


71年2月、記念すべきデビュー・アルバム『ひとりぼっちの東京』をリリース。シングル・カットされた「涙」をはじめ自作曲を4曲提供したかまやつひろしは、実父ティーブ釜萢との共演アルバム『ファーザー&マッド・サン』の中で、ギターやヴォーカルにアランを起用し、一緒にオリジナル作品4曲を共作している。同アルバムがリリースされた71年12月には、マッシュルーム・レーベルよりミッキー・カーチスのプロデュースで2作目のソロ・アルバム『Merrill 1』をリリース。タイトルを“1”としたのは、これが全曲自作自演で構成された初アルバムだったからである。



72年に入ってから近田春夫(key)、金沢ジュン(ds)と共に「ゴジラ」を結成。単独のライヴ活動以外に様々なセッションにも参加していたが、72年半ばからは元ザ・テンプターズ~PYGのドラマー大口広司を加えて、内田裕也やミッキー・カーチスのバッキング・バンドとしても活動するようになる。アランと大口はGS時代から親交があり、PYG結成時に“PIG”の綴りを“PYG”に変えることを提案したのもアランだった。両者の親交は深まり、やがて新バンド「ウォッカ・コリンズ」を結成。かまやつひろしのバッキングを手がけるようになる。


73年11月5日にウォッカ・コリンズはデビュー・アルバム『東京~ニューヨーク』をリリースするが、ジャケットにアランの姿はどこにも無かった。彼はレコーディング完了直後にニューヨーク時代の旧友の誘いでロンドンに渡り、「アロウズ」というバンドで活動を始めていたからである。バンド活動だけでは生活困難になってしまう当時の日本のロック状況故の苦渋の決断であったと言えるだろう。


アロウズはミッキー・モストのプロデュースの下、6枚のシングルとアルバム1枚を残して76年に解散しているが、彼らの4thシングルとして75年にリリースされ、アランがローリング・ストーンズの「It’s Only Rock’n Roll(But I Like It)」にインスパイアされて作った「I Love Rock’n Roll」は、82年にジョーン・ジェットがカヴァーし、全米第1位に輝く大ヒットを記録。2015年には日本のSuperflyもカヴァーし、アランもギターでレコーディングに参加している。


アロウズ解散後、ニューヨークに戻ったアランは、リック・デリンジャーと活動したり、スティーヴ・ウインウッドやミック・テイラーが友情参加したソロ・アルバム(85年)をリリース。90年代初頭には「Practice Of Silence」名義で大口広司と再びバンド活動を始め、これは96年にアラン、大口、ムッシュかまやつ(g)、ルイズルイス加部(b)という顔ぶれでウォッカ・コリンズを再編するきっかけとなった。再編ウォッカ・コリンズは、3枚のアルバムをリリースした他、散発的にライヴ活動を続けていたが、2009年に大口が死去したことで活動を停止している。


その後もアランはニューヨークを拠点に活動を続け、コンスタントにソロ・アルバムを発表している他、アコースティック・ソロ、もしくは自分のバンドを率いてのライヴを精力的に行なっている。45年にも及ぶ友情を育んできたムッシュかまやつとの親交はムッシュの晩年まで続き、昨年4月26日に渋谷「duo MUSIC EXCHANGE」で開催された追悼コンサートにも参加。ウォッカ・コリンズ時代の作品を演奏し亡き友を悼んだ。

『ひとりぼっちの東京』『Merrill 1』『Boy's Life』『東京~ニューヨーク』ジャケット撮影協力:中村俊夫


≪著者略歴≫

中村俊夫(なかむら・としお):1954年東京都生まれ。音楽企画制作者/音楽著述家。駒澤大学経営学部卒。音楽雑誌編集者、レコード・ディレクターを経て、90年代からGS、日本ロック、昭和歌謡等のCD復刻制作監修を多数手がける。共著に『みんなGSが好きだった』(主婦と生活社)、『ミカのチャンス・ミーティング』(宝島社)、『日本ロック大系』(白夜書房)、『歌謡曲だよ、人生は』(シンコー・ミュージック)など。最新著は『エッジィな男 ムッシュかまやつ』(リットーミュージック)。
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