2015年08月10日

ジュリーとショーケンがダブル・ヴォーカルのスーパーバンド、PYGの『PYG! オリジナル・ファースト・アルバム』が44年前の今日、リリース。

執筆者:小野善太郎

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

以前、CD『PYG ゴールデン・ベスト』の解説で「最近はPYGをYMOの如くピー・ワイ・ジーと読む人もいるが、PIGのIをBYRDSなどに倣ってYと綴ったもの」と書いた。


グループ・サウンズ(GS)の人気者で結成されたバンドが、かつてのGSだったなら付けるはずもない「豚」を、半分は余裕、半分は諧謔的にシャレで名乗ったものとされていたはず。当時の宣伝でも「素敵な豚野郎たち」なんて書かれていたし。


さらにフト思い付いて「Progressive Young Generationとかの略称ではない」とまで書いておいたのだが、近年になって何かでショーケンがPeaceful Young Generation(だったか?)という意味もあった、と発言しているのを瞬間的に見掛けて驚いた。


(今その原典が見付からないので、無責任かつ恐縮ながら、どなたかご教示いただければ幸いです)

1971年の本日8月10日に発売された『PYG!オリジナル・ファースト・アルバム』のジャケットは豚のイラストでも、PYGロゴのYの上部は線が3本で、確かにピースマークの円の中を上下反転した形、おおPeaceful!

しかし、彼らならPersonal Yacht Guysじゃないの(そりゃ加山雄三だ~)などと揶揄される雰囲気が当時あったと思う。


メンバーは元タイガースのジュリー(沢田研二)と岸部一徳、元テンプターズのショーケン(萩原健一)と大口広司、そして元スパイダースの井上堯之と大野克夫。


ありていに言って、ジュリー中心に渡辺プロ主導で音楽性と演奏力も高い人気GSメンバーを補強、保険としてショーケンまで取り込んだ「ニュー・タイガース」と思えたものだが、すでにPYG結成がアナウンスされた後での1971年1月24日のタイガース解散コンサートの模様を見るならば、ファンの誰しもが消えゆくタイガースに大声援を送りながら、次のタイガース(のようなもの)はあり得ないと頑なに目を逸らしている感触がある。


同年4月のデビュー曲「花・太陽・雨」は力作で、脳天と下腹にズシンと来たし、7月発売「自由に歩いて愛して」は思わず身体が揺れるグルーヴ感に溢れた傑作だったが、前述の如き女性ファン心理の読み違えは致命的で、半年ほどで営業的に行き詰ってしまったようだ。


だが、そこそこPYGが売れて長続きしていたなら、やがてソロ歌手となったジュリーは郷ひろみら新御三家の後塵を拝していただろうし、ショーケンの役者志向も時代の切っ先とはズレて、2人以外の井上(堯之)バンドがTVドラマ『太陽にほえろ!』の音楽を担当することも無く、結局は全員がGS末期史の余白に埋没してしまったかも知れない。


その後もジュリーは井上バンドを伴い、ショーケン主演のTVドラマや映画の音楽も井上バンド絡み。当時、NHKテレビの音楽番組で、ジュリーがソロ曲を歌う時には「沢田研二+井上バンド」のテロップ、そこにショーケンが加わったら「PYG」となった時には、そうか!今後は流動的に対処して名称も適当に変わるのか~、こりゃクールでカッコイイのう、と思ったものだ。


そして前記番組の別の回では、当時の一大新興勢力となっていた吉田拓郎を迎えて、井上バンドが横綱相撲の如く演奏していたのも刺激的だった。

もっとも井上バンド側は「バックバンド稼業」と卑下していたフシもあるようだが、少し後、はっぴいえんど解散後の細野晴臣らのキャラメル・ママが自身のバンド名義のレコードは出さずに、時にアグネス・チャンや南沙織の伴奏を務め、超新人・荒井由実のアルバムで存在感を示すのを知った時、あ、井上バンドと同じだ~とスルリと納得。


ならば冒頭で触れた細野らのYMO、まんざらPYGと関係が無い訳じゃ無かったのかも~

PYG

  • しゃベル ニッポン放送
  • コロムビア・ガールズ伝説
  • ダイナマイトポップス
  • ビートルズウォッチ
  • シュミカツ!
  • 読者の投稿コラム大募集!

関連記事

  • ツイート

Pagetop ↑

コラム一覧

一覧

音楽ジャンル

カテゴリー

執筆者一覧

一覧

SNS