2018年08月29日
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2018年08月29日
歌手としての実力はもとより、優しく穏やかな人柄にも定評がある演歌界の大スター・八代亜紀が生まれ育ったのは、芸名のもとにもなった熊本県八代市。幼少期から父・敬光さんが歌う浪曲を子守歌代わりに聞きながら育った彼女は、いつしか歌が大好きになり、歌手を目指すようになる。それもクラブ歌手に憧れたのはやはり父親の影響で、12歳の時に父が買ってきたジュリー・ロンドンのレコードを聴いたことによるという。中学卒業後、一旦はバスガイドの仕事に就きながらも両親の反対を押し切って上京し、音楽学校へ通っていたところをスカウトされて銀座のクラブで歌い始める。念願のクラブ歌手となったわけだが、やがて周囲からの薦めでレコードを出すことを決断。1971年、21歳でレコードデビューするもすぐには売れず、遂にブレイクを果たしたのが、73年の「なみだ恋」である。以降もヒット曲を量産しながら常に第一線で活躍を続け、デビュー50年も近づいてきた大ヴェテラン。1950年8月29日生まれの八代亜紀は本日68歳の誕生日を迎えた。
大ヒットした「なみだ恋」がデビュー曲と思われている向きも少なくないかもしれない。しかし実際には4枚目のシングルにあたる。テイチクから出されたデビュー盤は71年9月発売の「愛は死んでも」。石原裕次郎らに多くの作品を提供していたテイチクの専属作家、池田充男と野崎真一の作詞と作曲による力作であったが、デビューとしては曲調が少々重たかったのかヒットには至らず。72年になってからの第2弾「別れてあなたを」はヒットメーカー・悠木圭子と鈴木淳のコンビに委ねられたがやはり不発に終わった。同コンビで72年10月に出された第3弾「恋街ブルース」はオリコン88位にランクインするも、まだ八代亜紀の名を全国に知らしめるには至っていない。その間に厳しい審査で知られる『全日本歌謡選手権』に出場して10週勝ち抜きとなったことは何よりの自信となったに違いない。そして73年2月リリースの第4弾「なみだ恋」で遂にブレイクに至る。悠木×鈴木コンビの連続3作目となる提供曲であった。当初はカップリングの「雨のカフェテラス」がA面になる予定で、レコーディングの際の「なみだ恋」はサラリと歌われたのだという。そのいい感じの力の抜け具合が結果的に功を奏したのかもしれない。
60万枚の売上げを記録し、年間19位の大ヒットとなった「なみだ恋」は日本レコード大賞歌唱賞を受賞。NHK紅白歌合戦への初出場も果たして、一躍スターとなった八代の生活も一変した。クラブ歌手時代は猛然と反対していた父親も、レコードデビューしてからは応援するようになっていたというから、両親の喜びもひとしおであったことだろう。幸いにして一発屋に終わることなく、やはり悠木×鈴木による「おんなの涙」や「しのび恋」をヒットさせ、8枚目のシングルとなった74年の「愛ひとすじ」で初のオリコンベストテン入り。「骨まで愛して」などで知られる川内康範と北原じゅんのコンビは次の「愛の執念」も続けて手がけた。75年に入ってすぐ出された「おんなの夢」ではオリコン3位を記録している。その後もコンスタントにヒットを連ね、76年9月に出された17枚目のシングル「もう一度逢いたい」が大きなヒットになる。作曲の野崎真一にとっては、デビュー曲の雪辱戦の形となった。77年の「おんな港町」は八代の代表作のひとつとして知られているが、オリジナルの南有二とフルセイルズが「おんなみなと町」として歌っていた曲のカヴァーである。この辺りのリズミカルな作品、通称“リズム演歌”が長距離トラック運転手たちの心を掴み、トラック野郎のマドンナとしてのポジションを得るのである。
デビュー作を手がけた池田×野崎コンビによる77年の「愛の終着駅」では、前年の「もう一度逢いたい」に続いて2年連続でレコード大賞最優秀歌唱賞受賞の快挙を成し遂げる。野崎真一が作曲に苦心していたところ、八代自身が自由に歌ってみせたメロディーが採用されており、実は八代も作曲に関与していたというエピソードがある。そしていよいよレコード大賞に照準を合わせられ、阿久悠に作詞が依頼されたのが79年の「舟唄」である。それまでの八代亜紀の“女心”を払拭するものとして、阿久から見た“女心”をと依頼されたそうだが、阿久が書いた詞にレコード会社は何度もNGを出した。頭に来た阿久が、「じゃあ、これではどうだ!」と出したのが「舟唄」だったわけで、結果的に初めての男歌となる。もともとはスポーツニッポン紙に連載されていた「阿久悠の実践的作詞講座」の美空ひばり編の教材として作られたものに、浜圭介が曲を付け、阿久とのコンビでは堺正章「街の灯り」以来のヒットとなった。曲中に「ダンチョネ節」を巧みに織り込んだ竜崎孝路のアレンジも見事だ。しかし数々の賞を受賞しながら、惜しくもレコード大賞受賞は逃し、翌80年に同じ作家陣で再び挑んだ「雨の慕情」で遂にレコード大賞グランプリを手にしたのは正に執念。スタッフや熱心なファン、何より本人の万感の喜びは想像に難くない。印象的なサビの部分、のフリは自然に出てきたものであったのだという。次作の「港町絶唱」と併せて「舟唄」からの哀憐三部作とされ、八代は押しも押されもせぬ演歌界のスーパースターとなった。
その後も狩人らとの競作となった「日本海」や20周年記念曲「花(ブーケ)束」などヒットを連ねながら演歌界の第一人者として活躍を続け、近年では歌手活動42年目となる2012年に小西康陽プロデュースによるジャズアルバム『夜のアルバム』を発表し、世界デビューを果たしたのが記憶に新しい。クラブシンガーの原点に帰ったアルバムはオリコン・アルバムチャートのデイリーで9位、週間でも20位を記録し、同年11月にはジャズ歌手としてブルーノート東京のステージに立った。さらに翌2013年3月にはニューヨークの名門ジャズクラブ・バードランドでライヴを開催し、憧憬するヘレン・メリルとの共演を果たしている。個性的なハスキー・ヴォイスは、今は亡き青江三奈の後を継いで、正に日本版ヘレン・メリルといえるだろう。同年9月にはジャズ・フェスティバル「第12回 東京JAZZ」に出演するなど、その後も演歌のコンサートと並行してのジャズライヴも積極的に実施しながら現在に至る。音楽のジャンルを問わず、その温かい人柄は、客席に優しく語りかけるステージを見たことがあれば誰もが感じている筈。ちなみに「舟唄」のイメージから酒が飲めると思われがちだが、実際は下戸だそうである。歌の力を思い知らされる話だ。
八代亜紀「愛は死んでも」(「別れてあなたを」「恋街ブルース」でもOKです)「なみだ恋」「愛ひとすじ」「もう一度逢いたい」「おんな港町」「愛の終着駅」「舟唄」「雨の慕情」ジャケット撮影協力:鈴木啓之
≪著者略歴≫
鈴木啓之 (すずき・ひろゆき):アーカイヴァー。テレビ番組制作会社を経て、ライター&プロデュース業。主に昭和の音楽、テレビ、映画などについて執筆活動を手がける。著書に『東京レコード散歩』『王様のレコード』『昭和歌謡レコード大全』など。FMおだわら『ラジオ歌謡選抜』(毎週日曜23時~)に出演中。
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