2019年03月27日

3月27日はしばたはつみの命日~和モノDJに人気の実力派シンガー

執筆者:馬飼野元宏

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今から9年前の2010年3月27日、1人のシンガーがこの世を去った。しばたはつみ、享年57歳。静岡県伊東市の自宅浴室で亡くなっているのを、同居していた実父でジャズ・ピアニストの柴田泰によって発見された。存命ならば、まだまだあの迫力に満ちた歌声を聴かせてくれたことだろう。


しばたはつみは1952年4月11日、東京生まれ。前述のように父はピアニスト、母もまたヴォーカリストという恵まれた音楽環境で育つ。ちなみに父・柴田泰はザ・タイガース時代の沢田研二やキャンディーズ、高橋真梨子などのヴォーカル・レッスンをした人物でもある。


すでに9歳から米軍キャンプの将校クラブで歌い始め、のちにスマイリー小原とスカイライナーズの専属シンガーとなる。この辺りの出自は、やはり幼少期から進駐軍キャンプで歌い始め、11歳でレコード・デビューした伊東ゆかりと共通するものがある。ただし、すぐにスターダムへと進んだ伊東と異なり、しばたはブレイクまでにかなり長い年月を要した。


68年、ビクターから「乙女の季節」でレコード・デビューを果たす。このときの芸名は「はつみ・かんな」。パンチの効いたヴォーカルと抜群のリズム感を持ち、将来の目標は世界の舞台を踏むこと、女アイ・ジョージと呼ばれたいとも語っていた。両面ともなかにし礼=すぎやまこういちの作だが、注目すべきはB面に収録されている「恋と涙と太陽と」で、派手なギターとヘナヘナのオルガンの音色がなんとも時代の音である。


69年にはビクター系列のRCAに移り、橋本淳=筒美京平コンビのアッパーなひとりGS歌謡「恋のタッチ・アンド・ゴー」を発表。黛ジュン路線を意識した歌い方で、途中で演歌風のメロディーになると、急にコブシを回すかのような歌唱法に変わり、弘田三枝子ばりにうなりを入れてくる辺りも面白い。何より英語部分のノリの良さが素晴らしく、現在でもキューティ・ポップ系のファンに高い支持を得ている1曲だ。3作目「恋のブン・バガ・バン」はイギリスの女性シンガー・ルルのカヴァーで、B面「この胸のときめきを」もダスティ・スプリングフィールドのカヴァー。つまりはつみ・かんな時代は、ビート歌謡ガールズ路線を歩んでいたのである。歌も上手く、ノリもよく、ビート時代の音楽に対応できるだけのスキルを兼ね備えており、本来ならばこの時代の女性ポップス・シンガーのトップクラスに立てるだけの実力がありながら、ここまでの3曲はヒットに至らなかった。



71年にはポリドールに移籍、「麻まにか」と改名し、岩谷時子=いずみたくによる「紙の舟」、阿久悠=川口真コンビの「雨が降る」の2枚をリリース。「紙の舟」のジャケットなど復活後の森山加代子「白い蝶のサンバ」を想起させるが、曲は落ち着いた歌謡曲。彼女はこの間に、小川ローザが出演した丸善石油「OH!モーレツ」のCMソングも歌っている。


彼女がしばたはつみを名乗り、大人のシンガーとして我々の前に登場してくるのは、1974年9月1日、コロムビアに移籍し「合鍵/人形の涙」で再々デビューを果たした時のこと。当時所属していた小澤音楽事務所の方針で、歌謡曲路線を歌っていたが、75年のセカンド・アルバム『シンガー・レディー』では大野雄二が作曲、アレンジ、ピアノ演奏と全面的に彼女をバック・アップ。参加ミュージシャンも村上秀一、岡沢章、高水健司、松木恒秀、矢島賢、杉本喜代志ら凄腕プレイヤー揃い。ことに大野作曲の表題曲は、高速ファンク・グルーヴがうなりをあげ、リズム感抜群のしばたのヴォーカルが拮抗する、従来の日本の音楽には見られぬ斬新な作品であった。近年でも和モノDJに愛される1曲として知られている。大野ははつみ・かんな時代から面識があり、しばたのアルバムを担当することになり対面した時、思わず「なんだよ、はつみ・かんなじゃねえか!」と笑い合ったというエピソードがある。



本盤は一部音楽マニアから高い評価を受けたが、似たような形で局地的に愛された楽曲に「私の彼」がある。フランスのシンガー・ソングライター、ミッシェル・フュガンのカヴァーで、コロムビア第2弾シングル「濡れた情熱」のB面に収録された。軽やかなサンバのリズムが特徴のノリのいいナンバーで、70年代中盤、日本のディスコで盛んにかけられていた。当時フロアでかかる楽曲はほぼ洋楽で、中には邦楽禁止のディスコも多かったが、「私の彼」はクック・ニック・アンド・チャッキー「可愛いいひとよ」やラブマシーン「お前は夢の中」などと並び、例外的にフロアの人気曲となった邦楽だった。「私の彼」はその後、78年にサーカスが「愛で殺したい」として再カヴァーしている。この局地的支持を受け、「私の彼」はその後、「人形の涙」に変わって「合鍵」のB面に収録される異例の再リリースがなされた。ジャケもまんま同じなのでなかなか気づかないとは思うが…。


ちょうどこの時代、しばたはつみは世良譲に師事している。シングルでは歌謡曲を歌いながら、本来のフィールドであるジャズ・スタンダードやポピュラーを歌うことにも情熱を燃やしていた時期で、74年4月よりTBS系列でスタートした大人向けの音楽番組『サウンド・イン・S』ではサブ司会者としてレギュラー出演。ここで幾多のジャズやスタンダードを披露、音楽監修に世良譲が関わっていることもあり、しばた+世良の名コンビはこの番組で視聴者にもおなじみとなった。77年からは3代目メイン司会者に伊東ゆかりが選ばれ、ここで出自を同じくする2人の実力派シンガーが顔を合わせることとなったのである。同番組は、同じくTBSが主催していた「東京音楽祭」とも協力関係にあり、しばたは1975年の第4回に出場を果たしている。


こうして少しずつしばたはつみの名前と顔、そして歌の実力が世間に知られるようになっていったが、その成果が結実するのが1977年、コロムビアでのシングル8作目「マイ・ラグジュアリー・ナイト」であった。スローで始まり、サビでしばたが抜群の歌唱力をもって流麗かつ華やかに歌い上げ、都会的な大人の恋物語を林哲司が洗練されたアレンジでゴージャスに聴かせた。これがしばたにとっても、新進の作家=シンガー・ソングライターであった来生えつこ=来生たかお姉弟にとっても初のヒットとなった。これほど非・日本的というか、「都会の夜の大人たち」の世界でありながらネオン街的な水っぽさを感じさせない、乾いた洋楽的感性の楽曲は、日本では極めて珍しかった。この曲でしばたはNHK『紅白歌合戦』に出場、世良譲のピアノで華やかに歌い上げる姿は今も多くの人の記憶に残っているだろう。苦節10年。彼女には「マイ・ラグジュアリー・ナイト」以前にこれだけの歴史があったのだ。


その後もチャカ・カーンのカヴァー「はずみで抱いて」や角川映画『化石の荒野』の同名主題歌など、エモーショナルな楽曲でも乾いた洋楽的な感性で見事に歌い上げ、81年のアルバム『MUSICIAN』では前田憲男作曲の「あ・かぺら」や世良譲トリオの演奏によるスロー・ナンバー「MUSICIAN」、泰葉が作曲した和製ディスコ「最後のリクエスト」など意欲的な楽曲を収録。さらに世良譲トリオと共演した『ピアノ・ダディ』ではジャズ・スタンダードに挑むなど音楽通を唸らせる名盤を数々発表していった。珍しいところでは、神戸サンテレビのイメージソング「ムッシュ神戸」がある。一般のレコード店には並ばない、いわゆる「委託制作」の1枚で、編曲は旧知の前田憲男、タイム・ファイブもコーラス参加しているブラコン歌謡だが、作曲は若き日の小曽根実である。


しばたはつみはジャズ・スタンダードからポピュラー、R&Bなど何でも歌いこなせて、ショービズ的華やかさを兼ね備えた、日本では稀有な本格派シンガーだった。サントリー・ウィスキーのCMで、サミー・デイビス・Jr.と共演できる日本人女性シンガーなど、彼女のほかにいただろうか。同系統の先達に朱里エイコがいるが、彼女もまた2004年に56歳で急逝している。40歳の若さで88年に逝去した前野曜子も含めれば、日本人離れしたショウビズ的センスをもつ本格派女性シンガーは、なぜ不幸な最期を遂げてしまうのか、残念でならない。「日本にショー・パブやサパークラブの文化が定着していれば、しばたはつみの歌手人生は違ったものになったかもしれない」とはアルバム『MUSICIAN』を評した平岡正明の言葉だが、今は日本中の和モノDJがこぞって彼女の曲をかけ、ライト&メロウナンバーの数々が再評価され、コンピレーション盤『Light Mellowしばたはつみ』まで発売されるほどの人気となった。彼女が残した数々のナンバーは、今も燦然と輝き続けている。

はつみかんな「乙女の季節」「恋のタッチ・アンド・ゴー」「恋のブン・バガ・バン」麻まにか「紙の舟」しばたはつみ「合鍵/人形の涙」「濡れた情熱/私の彼」「マイ・ラグジュアリー・ナイト」ジャケット撮影協力:鈴木啓之


≪著者略歴≫

馬飼野元宏(まかいの・もとひろ):音楽ライター。月刊誌「映画秘宝」編集部に所属。主な守備範囲は歌謡曲と70~80年代邦楽全般。監修書に『日本のフォーク完全読本』、『昭和歌謡ポップス・アルバム・ガイド1959-1979』ほか共著多数。近著に『昭和歌謡職業作曲家ガイド』(シンコーミュージック)、構成を担当した『ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代』(リットー・ミュージック)がある。

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