2015年04月28日

日本人アーティストによる日本武道館単独ライヴ一番乗りは誰?

執筆者:中村俊夫

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60年代、70年代の音楽をいくつかのジャンルに分け、コラムで構成する大人のためのWEBマガジン「大人のMusic Walker」。そのプレ創刊として本日からFBで始まります。


今日は待ちに待ったポール・マッカートニー武道館コンサートの日。その武道館で初めて単独ライヴをした日本人アーティストとは?


1964年に東京オリンピックの柔道競技会場として建設された日本武道館が、最初にロック・コンサート会場として使用されたのは66年6月30日~7月2日のザ・ビートルズ来日公演。以後、BS&T、シカゴ、レッド・ツェッペリン、CCR、ビー・ジーズ、チェイス、TYA、プロコル・ハルム、カーペンターズ、ディープ・パープル、T.レックス、BBA、サンタナ、フェイセス、エリック・クラプトン、クィーン…etc.数多の外タレの来日公演がここで行なわれたわけだが、日本武道館で単独ライヴを成し遂げた初の日本人アーティストは誰か? よく返って来る答えが「矢沢永吉」で、彼に関して記述した雑誌や書籍でもそう書かれているのを見かけることがままある。でも、これは間違い(邦人ソロ・アーティストとしては初めて)で、矢沢より6年早く日本武道館で単独コンサートを実現した邦人アーティストがいる。ザ・タイガースだ。


ビートルズの来日公演を客席で観覧していたタイガース(当時はファニーズ)の5人(森本太郎を除く4人+岸部シロー)は、その年の11月に渡辺プロダクションと契約し上京。翌67年2月5日に「僕のマリー」でレコード・デビュー。破竹の勢いでスターダムにのし上がり、やがて先輩グループのスパイダース、ブルー・コメッツと肩を並べる存在となる。そんなGS3強が日本武道館で競演するコンサートが67年12月2日に開催された。タイガースが武道館のステージに立ったのはこれが初めてである。翌68年3月10日には、初主演映画『世界はボクらを待っている』の撮影も兼ねて日本武道館に1万人のファンを集め、新曲「花の首飾り」「銀河のロマンス」の発表会を開催した。この時、前座で出演したのが、タイガースと同じポリドール(当時は日本グラモフォン)から新曲「恋のピストル」をリリースしたばかりのザ・ルビーズ(現・音楽プロデューサーの立川直樹氏がベース担当)。彼らにとって武道館デビューだったはずだ。


そして、その3年後の1971年1月24日、タイガースは日本武道館で解散コンサート・ツアー最終日を迎えることになり、武道館単独コンサートを成し遂げた初の日本人アーティストという輝かしい栄誉に輝くのである。この日の模様はライヴ・レコーディングされ、アルバム『フィナーレ』として解散後の1971年7月10日にリリースされる。その中で、岸部一徳(当時は岸部修三)がMCで「(ビートルズのコンサートから)5年経って、同じ武道館で僕たちの最後のステージをやるっていうのは凄い因縁めいた感じがする」と声を詰まらせながら語るのを聴けるが、まさかその後も、1982年3月17日・4月18日の「同窓会コンサート」、2012年1月24日には、加橋かつみを除く4人による“ほぼタイガース”、そして、2013年12月3日の再結成コンサートといった具合に、タイガースとして何度も武道館のステージに立つことになろうとは、サリー自身夢にも思わなかっただろう。彼だけではない誰もが想像すらしなかった。まさに「神のみぞ知る」である。


ザ・タイガース

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