2015年05月29日

ザ・タイガース、ビー・ジーズからプレゼントされた新曲「スマイル・フォー・ミー」のレコーディング秘話

執筆者:中村俊夫

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

1969年5月27日、ザ・タイガースは主演映画3作目『ハーイ!ロンドン』(東宝)のロンドン・ロケに出発。6月8日まで現地に滞在するが、この間に映画撮影以外にも重要なミッションをひとつこなしている。ビー・ジーズからプレゼントされた新曲「スマイル・フォー・ミー」のレコーディングである。


元々、同じポリドール・レーベル所属という関係からか、タイガースはビー・ジーズの作品を好んでステージ・レパートリーに取り上げて来た。大ヒット曲「マサチューセッツ」のB面曲でしかなかった「ホリディ」が日本だけで異様に人気が高いのも、トッポこと加橋かつみの持ち歌としてタイガース・ファンの間で親しまれていたことが最大の要因だろう。

68年2月19日には雑誌『ヤングミュージック』の企画で国際電話を通じて両者の対談が実現。同誌4月号(写真左)に掲載されている。この対談の中では、ロビン・ギブが「日本へ行ったら、ぜひステージで共演しよう」と半分リップ・サービスみたいなコメントを述べているだけだが、おそらくこの対談をきっかけにポリドールと渡辺プロダクションは両者のコラボレーション企画を画策し始めたのではないだろうか?

その後、どんな経緯があってバリー・ギブ(作曲)とモーリス・ギブ(作詞)による書き下ろし曲をタイガースがレコーディングするというプロジェクトに発展したのかは不明だが、とにかく今から46年前の今日1969年5月29日、ロンドンのポリドール・スタジオで「スマイル・フォー・ミー」と「淋しい雨(Rain Falls On The Lonely)」の2曲がレコーディングされた(すでに出来上がっているバッキング・トラックにヴォーカルとコーラスを入れるだけだが)。ちなみに「淋しい雨」はビー・ジーズとは無関係の作品で、英国の音楽出版社の管理楽曲。公式レコーディングされたのはこれが初めてである。

このレコーディング・セッション中にちょっとしたハプニングが生じた。「スマイル・フォー・ミー」の最終部分である「For me~♪」のリフレインがジュリーにはキーが高過ぎたのだ。曲の後半に半音上がる転調を施したアレンジが裏目に出たのだが、すでに完成しているオケを録り直すわけにもいかず、タイガースとスタッフたちは思案に暮れてしまう。


そこで救世主となったのが、たまたま渡辺美佐副社長(当時)と共にヨーロッパ旅行の途中ロンドンに立ち寄り、スタジオに見学に来ていた中尾ミエだった。スタッフのアイディアで最後のリフレイン部分だけ彼女が歌ったのである。レコードでこの部分を注意深くチェックしてみると、たしかにジュリーの声に混じって中尾ミエと思われる声が聴こえてくる。


こうして無事完成した「スマイル・フォー・ミー」は、タイガース通算10作目のシングル(写真左)として1969年7月25日にリリース。タイガース初の海外録音でビー・ジーズからのプレゼント曲という話題性も手伝って、オリコン3位まで上るヒットになった。英国盤(写真右)もリリースされたが、残念ながらヒットには至っていない。


この「ジュリー替え玉事件」のエピソードを知人の音楽プロデューサーに話したところ、面白い仮説を立ててくれた。彼曰く「バリー・ギブは元々トッポのキーに合わせて作曲したのではないか?」。日本のスタッフがビー・ジーズに作曲を発注したのはトッポ在籍時代だったのではないかというのである。


なるほど、タイガースとビー・ジーズが電話対談したのはトッポ在籍時代で、もし、それを機に両者のコラボ企画が生まれたとするならば、タイガースにおける「ビー・ジーズ担当」であり、「花の首飾り」(68年3月)のヒットでジュリーの対抗馬として実績を上げていたトッポに歌わせると考えるのも、至極自然な流れだろう。キーが高かったのも納得がいく(一度トッポが歌う「スマイル・フォー・ミー」を聴いてみたいものだ)。ドラマ『ガリレオ』の湯川教授ではないが「実に興味深い!」。果たして真相やいかに!

ザ・タイガース

  • しゃベル ニッポン放送
  • コロムビア・ガールズ伝説
  • ダイナマイトポップス
  • ビートルズウォッチ
  • 読者の投稿コラム大募集!

関連記事

  • ツイート

Pagetop ↑

コラム一覧

一覧

音楽ジャンル

カテゴリー

執筆者一覧

一覧

SNS