2015年05月28日

筒美京平の75年の歴史を振り返る

執筆者:榊ひろと

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本日、5月28日は筒美京平の誕生日である。1940年生まれ、ちょうど75歳となる。

京平先生のお誕生日と言われても正直なところ「そういえばこの時期だったな」という印象である。もちろん敬愛するセレブリティであることに間違いないのだが、やはり裏方に徹してこられた存在故に一般のアーティストのように誕生月やら星座やらを意識することもなかったのだろう。その一方で1940(昭和15)年生まれという事実は実に印象深い。今年は戦後70年にあたるわけだから、ジョン・レノンやハービー・ハンコックと同い年の音楽家が日本では“後期高齢者”と呼ばれてしまうのである。さらに言わせてもらうなら、仕事でお目にかからせていただいていた20年近く前の京平さんの年齢に自身が近づきつつあることも感慨ひとしおだったりする。


そして来年いよいよ作曲家生活50年を迎える筒美京平の歴史を振り返るとき、注目すべきはその後半部分(主として1990年代以降)の質的な充実ぶりだろう。昭和の終焉からバブル崩壊期にかけて日本の音楽業界が大きく変化したのは論を待つまでもないが、すでに圧倒的なほどの功績を残した50歳代の職業作曲家がどのように時代の荒波に対処していったのか?当然ヒット曲の数量や規模ではそれまでの四半世紀には及ばないものの、“渋谷系”と呼ばれるアーティストも含めて自身の子供のような世代と積極的なコラボレーションを展開したのである。今となってはNOKKOとか小沢健二といった名前の方が伝説の領域入りしつつあるようにさえ思えるくらいだ。


1997年のCDセット「筒美京平HITSTORY」以降もキャリアの総括みたいな発想とは無縁で、クラシック/ジャズ/R&Bなどを本拠とするアーティストにも楽曲を提供していった。もちろん新時代のアイドル歌手の作品がヒットチャートを賑わせることも度々だったし、ベテランの演歌歌手からの依頼に応えることも増えていった。これはもう職業人としての意識や姿勢が凡百の中高年とは全く違うレベルにあるとしか考えざるを得ない。シニア層らしい話題といえば学生時代の仲間とモダンジャズの演奏を再開したくらいのもので、年齢を感じさせない探究心はまさしく“現代の名匠”の面目躍如と言ってもいいだろう。


さて余談になるが牛込・神楽坂生まれの京平さんが、幼少期を過ごしたのは現在港区虎ノ門の一部となった西久保巴町かいわい。霊南坂幼稚園出身の氏がホテルオークラを贔屓にしていたのは地元意識の現れだったのかもしれない。実は30年ほど前に愛宕山麓の会社に勤めていたことがあり昼休みなどに周辺を散策したものだが、その頃はまさか10年後にオークラのティールームでお話を伺えるなんて夢にも思わなかったわけで。ちなみにこのエリアは森ビル発祥の地でもあり、昔はアークヒルズくらいのものだったが今やまわりは“ヒルズ”だらけ。前の東京オリンピック以前に建てられたオークラ本館を含め再開発の波は避けられないところまで来ているようだ。

「筒美京平 Hitstory Ultimate Collection 1967~1997 2013Edition 」写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト

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