2015年11月23日
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2015年11月23日
11月23日は小室等の誕生日。今年で72歳というのが当然のような気もするし、信じられないような気もする。小室等を知ったのは1960年代、彼は20代たったけれど当時から老成した雰囲気があった。その印象は今も変わらない。逆に言えば、歳を取ったという印象が無い。初めから小室等はこのままだったんじゃないかとさえ思う。やっぱり不思議な人だ。
小室等を初めて見たのは確か複数の学生グループが出演したフォークのコンサートだったと思う。PPMフォロワーズというストレートなインパクトをもったグループ名には強い印象があった。PP&Mはテクニカルなギターアンサンブル、そして卓越したハーモニーを駆使して、フォークソングに洗練されたインテリジェンスを与えていったグループだった。PPMフォロワーズは、PP&Mの技術に裏打ちされたフォークソングのスタイルを日本のフォークシーンに伝える存在だった。
小室等は、フォークソングを齧っていた学生たちに一目置かれるギターの名手でもあった。彼のギター教則本には、ミーハー学生だった僕もお世話になっていたっけ。
60年代が終わろうとする頃、学生の自主ムーブメントだったキャンパス・フォークのシーンからレコード・デビューするグループがいくつも生まれ、カレッジ・フォークと呼ばれるブームが盛り上がっていった。しかし、ちょっと新鮮な青春歌謡としてのブームを目論んだ業界主導のカレッジ・フォークのシーンから、小室等は少し距離を置いていった。そして小室等は、カレッジ・フォークと同じ頃、関西を中心に盛り上がりを見せていた、高石友也、岡林信康、中川五郎らによる新しいフォーク・ムーブメントのなかに、六文銭というグループを率いて姿を現した。1969年、六文銭はインディーズレーベルのURCから『六文銭/中川五郎』というアルバムをリリースする。
六文銭は、とても魅力的だけれど不思議なグループだった。当時の関西フォークのシンガーたちは、積極的に政治的発言をおこなったり、社会的メッセージの強い歌を歌ったりしていた。しかし、六文銭にはそんな生々しさは無かった。六文銭の曲にメッセージが無いわけではなかった。しかしそれは、静かな情景のなかに余韻としてなにかが伝わるというような、きわめて洗練されたものだった。六文銭は確実に次の時代に向かうフォーク・ムーブメントの中に居た。けれど、そのムーブメントの中でちょっと落ち着きの悪い異彩を放っていた。今にして思えば、そんな違和感こそが小室等らしさなのだと思う。
その後も小室等は、フォークソングという本籍地を持ちながら、常に次の時代に繋がる新たな表現の可能性を追求していった。関西フォークへの接近だけでなく、情況劇場、早稲田小劇場など演劇や、谷川俊太郎、茨木のり子ら現代詩人とのコラボレーション、レコード会社のあり方を問い直したフォーライフ・レコード設立への参画もそのひとつと言っていいだろう。
常に次の時代を読み、その流れに参加しながらも、けっして埋没はせず、己を見失わない。そんな矜持の在り方が、それぞれのシーンでの小室等の独特な存在感を生み出してきたのではないかと思う。
いま、小室等の冷静な瞳は何を見つめているのだろう? 改めて気になっている。
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