2015年06月20日

40年前の本日6月20日、荒井由実のアルバム『コバルト・アワー』が発売された。

執筆者:北中正和

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40年前の本日6月20日、荒井由実のアルバム『コバルト・アワー』が発売された。


1975年。日本のポップスはかつてないスピートで変化しようとしていた。その流れを加速した曲がある。同年2月に発売されたユーミンこと荒井由実の「ルージュの伝言」だ。
この曲のヒロインは、浮気な男をこらしめようと、バスルームの鏡に口紅の伝言を残して、彼のママに会いに行く。その設定や言葉づかいは、まるでアメリカのテレビ・ドラマの世界のようだ。
ユーミンの自伝『ルージュの伝言』によれば、実際、このヒロインの行動は、エリザベス・テイラーか誰かの映画のイメージから想像をふくらませていったのだという。
メロディやサウンドのすみずみにも、60年代前半のアメリカン・ポップスの要素が散りばめられていた。タイトルからコニー・フランシスの「カラーに口紅」へのオマージュを連想する人もいただろう。


この曲はユーミンの初めてのヒット曲になった。『日本ロック大百科・年表篇』によれば、45位7万枚とあるから、ヒットの規模としては、それほど大きな数字ではない。彼女はテレビの歌番組によく出る人でもなかったから、ヒットしても、人気はまだ目ざといファンの間だけにとどまっていた。
しかしそれまでの彼女の2枚のアルバム『ひこうき雲』や『MISSLIM』の文学的な世界とちがって、わずか30分ほどで仕上がったというこの曲には、ポップにはじける力があった。小規模なヒットとはいえ手応えは大きく、彼女やスタッフは、この曲を含む新しいアルバムが、それまでにない展開をとげると確信したにちがいない。


4月にユーミンとハイ・ファイ・セットは、新宿の紀伊国屋ホールで8日間連続のコンサートを行なう。共演のハイ・ファイ・セットは、人気グループ「赤い鳥」が解散して生まれた都会的なポップ・トリオだ。彼らは2月にユーミン作の「卒業写真」でデビューしたばかりだった。
コンサート用の資料には「今春最大のビッグ・イベントそして日本のニュー・ミュージック界初のビッグ・マッチ」という説明が残っている。「ニュー・ミュージック」は、ちょうどそのころからシンガー・ソングライター系の音楽に対して使われはじめた言葉だ。


同じ月には、ニュー・ミュージックにとって、もうひとつ画期的な出来事があった。吉田拓郎、小室等、井上陽水、泉谷しげるが、それまで所属していた大手レコード会社から離れ、フォーライフ・レコードを設立すると記者会見で宣言したのだ。
レコード会社にとって、アーティストが自分たちのレコード会社を作るのは、晴天の霹靂の事件だった。従来の歌謡曲やアイドル・ポップスとシンガー・ソングライター系の音楽の勢力地図が大きく変わろうとしていた。


6月20日に発売されたユーミンの『コバルト・アワー』は、そんな時代に出るべくして出たアルバムだ。ここでの彼女は、文学的な作風に加えて、「ルージュの伝言」に見られるような、ポップなソングライターとしての才能も発揮していた。
夜明けの光景に魔法をかけるタイトル曲。青春の終わりを回想する「卒業写真」「航海日誌」「雨のスティション」。ミュージカル・ナンバー的な「Chinese Soup」…。この時点でユーミン以外の誰が「アフリカへ行きたい」という曲と「ルージュの伝言」を同じアルバムに入れようと考えただろうか。これは自由な解放感のあるアルバムだった。


自伝『ルージュの伝言』の中で、ユーミンは当時をこう振り返っている。
「それまでの二枚とすごく発想が変わったのよ」「企画物をつくらなきゃいけないという気になって、すごくプロになったアルバムだと思う」
『コバルト・アワー』は飛行機の爆音にはじまり、飛行機の爆音で終わる。その工夫も、新たな時代への旅立ちを告げているようだった。

荒井由美

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