2016年04月21日

生まれながらの“埋もれた名作”であったRCサクセション『シングル・マン』

執筆者:今井智子

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RCサクセションの3作目『シングル・マン』は不遇のアルバムだった。リリースされたのは1976年4月21日だが、2年も前に完成していながら日の目を見ていなかった。マネジメントのゴタゴタに翻弄され事務所に内緒でディレクターがレコーディングを敢行、そのため完成しても発売許可が下りずにお蔵入りさせられた。ようやく2年後にリリースされたがセールスが芳しくなく、すぐに廃盤になってしまった。当時の事象を正確に知る人は少なく、バンドの活動も低迷していた時期だけに、今も謎が多いミッシング・リンクのような作品であり、生まれながらの“埋もれた名盤”だったのである。


 それが掘り起こされたのは79年。忌野清志郎、破廉ケンチ、リンコ・ワッショの3人による初期のアコースティック・トリオから5人編成のロック・バンドになり、パワフルなライヴで右肩上がりに人気を集めていた時期だ。彼らに注目した音楽評論家の吉見佑子さんが発起人となって再発運動を展開、当初は自主制作という形で輸入盤店のパイドパイパー・ハウスとレコード・プラントで限定販売すると好評だったため、80年にポリドールから正式に再発されたのだった。


 80年6月には4作目になるライヴ盤『RHAPSODY』がリリースされている。この当時のRCサクセションは、連日のようにこんな感じのライヴをやっていた。「よぉ~こそ」に始まり「雨上がりの夜空に」で終わるホットな演奏と『シングル・マン』は少々距離があるものだったが、初期の作品も出回っておらず他に買うべき作品もなかったRCファンにとって、有意義なアイテムだったのは間違いない。この時期に他の収録曲はほとんど演奏されることがなかったが、唯一「スローバラード」はステージで定番となっていたからだ。


「このレコードは世界的なスタジオ・ミュージシャンを豊富に使用しております。安心してご利用ください」と、アナログ盤ではジャケット裏に記載されているのは、ちょうど来日中だったアメリカのホーン・セクション・チーム“タワー・オブ・パワー”が参加しているからだが、清志郎は彼らの演奏に不満だったというのは有名な話だ。清志郎が愛するオーティス・レディングの作品のような、後に共演するブッカーT&MG’sのような演奏を清志郎はイメージしていたようだが、それとは方向性が違っていたからだ。


 当時はまだ3人編成で、1曲目「ファンからの贈り物」やベースのリンコ・ワッショが歌う「大きな春子ちゃん」、「うわの空」や「甲州街道はもう秋なのさ」などフォークの名残を感じさせる曲もあるが、ホーンやピアノ、エレキ・ギターを入れたアレンジがその後の変化を予感させもする。もっとも、ホーン・セクションだけでなくスタジオ・ミュージシャンによる演奏は、やはり清志郎にとって満足できるものではなかった。


そんな気持ちの表れだろうか。後半リズムが変わる「やさしさ」や叫び声が入る「ぼくはぼくの為に」、まるでフリー・ジャズのセッションめいた「レコーディング・マン(のんびりしたり結論急いだり)」と、やりたい放題の曲もある。それでも、ピアノでしっとり歌う「夜の散歩をしないかね」や、情感のこもった歌が圧巻の「ヒッピーに捧ぐ」、ソウルフルな「冷たくした訳は」に寂しげな歌に引き込まれる「スローバラード」と、バラエティに富んだ曲で清志郎のヴォーカリストとしてのポテンシャルを感じさせる。後付けで言えば、統一感にかける印象もあるが過渡期的な面白さと可能性を感じさせる作品でもある。


 ジャケットを飾る可愛らしいイラストは「幼児児童絵画統覚検査図版」で、この絵を見て思うことを子供に語らせ人格や発達状態などを計るものだ。それを真似た構図で写真に収まる清志郎たちの写真がアナログ盤では同封されている。初めて見た時の衝撃は強烈で、しばらく笑いが止まらなかったものだ。散らかったちゃぶ台を前に着物を着てバッファローの角をつけて蜜柑を食らう清志郎、下着姿でオルガンを弾くのがリンコか。氷嚢を乗せて寝ているのはこの当時体調が悪かった破廉ケンチだろう。この写真について訊いた時、当時は本当にこんな生活をしていたのだと、清志郎は言っていた。ヒッピー風に古着を着たりして、自堕落な共同生活をしていたということらしい。


 2015年、デジタルリマスター版で再発されるのに合わせNHKで放送された『名盤ドキュメント RCサクセション「シングル・マン」』で、制作当時の謎が紐解かれたり深まったりした。これからもこの作品の謎解きは続くのだろう。

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