2016年04月29日

4月29日は「赤い鳥」~「紙ふうせん」後藤悦治郎の誕生日

執筆者:馬飼野元宏

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本日4月29日は後藤悦治郎の誕生日。赤い鳥のメンバーでもあり、フォーク・デュオ「紙ふうせん」のメンバーとしても知られる。


1969年4月に結成された赤い鳥は、もともと高校の同級生だった後藤悦治郎と平山泰代のデュオが母体で、民謡を歌うグループだったが、アマチュア・コンサートで知り合った新居(山本)潤子と山本俊彦が加わり、さらに松田幸一に代わって会社員だった大川茂が参加しオリジナル・メンバーの5人が揃った。


赤い鳥の代表曲といえば「翼をください」と「竹田の子守唄」だが、この2曲はシングルのAB面(「竹田の子守唄」がA面)である。彼らはメジャー・デビュー前に「竹田の子守唄」をアングラレコード・クラブ(URC)からインディーズ発売しているが、コロムビアからのメジャー・デビューとなった「人生」は「竹田の子守唄」の旋律に山上路夫が別の詞をつけたものであった。日本土着の民謡と、洗練されたソフト・ロック的なサウンド指向の楽曲の両方が彼らの個性であり、民謡などの土着的な伝承歌も洗練されたハーモニーで聴かせた。その多面性ゆえ、やがてオリジナル・メンバーがハイ・ファイ・セットと紙ふうせんに分かれていくのも必然だったといえるだろう。


後藤と平山は赤い鳥活動中から「紙ふうせん」として2人で地方をこまめに回っていたが、解散の直前に結婚、1974年9月の赤い鳥解散後すぐにファースト・アルバムの録音に入った。同年12月に『またふたりになったね』を発表し、後藤が本来赤い鳥でめざしていた日本の伝承歌の追求をはじめる。76年に発表したセカンド『愛と自由を』もまた、「竹田の子守唄」の再演をはじめ、日本と海外の民謡を取り上げた意欲作で、彼らのこういった姿勢は現在まで一貫してぶれることなく継続している。


紙ふうせん最大のヒット曲は、1977年11月1日にリリースされた「冬が来る前に」。近畿地方を中心にマイペースで活動していた2人だが、やはり全国的にその名を知られる大ヒットを必要としていた時期でもあった。作詞は後藤自身で、冬支度のためストーブを掃除している時に曲想が浮かんだという。作曲は彼らのバック・バンドをつとめていたベースの浦野直。フォルクローレ調の哀愁溢れるメロディーは日本人好みでもあり、平山の美しく力強いハイトーン、パワフルなサビのハーモニー、梅垣達志のビート感を強めた深みのあるアレンジの効果もあって、ラジオのリクエストから火がつき、翌78年にはオリコン・チャートの4位まで上昇、彼らの代表曲となった。


現在、赤い鳥のオリジナル・メンバー5人のうち、山本潤子は無期限休養に入り、現役で歌い続けているのは紙ふうせんの2人だけとなった。2015年の9月27日、28日に東京・渋谷のBunkamuraオーチャードホールで開催された「アルファミュージックライブ」では、後藤と平山が「赤い鳥」として出演し、後藤のギター1本で「竹田の子守唄」を聴かせ、変わらぬハーモニーの美しさで聴衆を魅了した。紙ふうせん結成から40年を超え、2人は仲睦まじく、今も息の長い活動を続けている。


『竹田の子守歌/翼をください』写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト

ソニーミュージック 赤い鳥公式サイトはこちら>

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